お節介わんことさみしがり狼さん

赤魂緋鯉

第1話

大上おおかみさーん! おっはようわーッ!?」


 ちょっと憂鬱ゆううつになりながら教室の引き戸を開けると、いつもの様にしば玄乃くろのが突っ込んで来たので、サッと横にずれて避けた。

 

 そのまま柴が前に転んで、廊下で前転したのを横目に、私はドアを閉めた。


 柴の発射元は最後尾の真ん中の席で、さっきまでアイツと話していたらしい、前に座る柴の友達がにこにこしてくるのを無視して、私はドアすぐ横の自分の席に座った。


 出会って2日目から柴はこんな感じで、私はもう対処に慣れきってしまった。


「ご飯ちゃんと食べた?」

「食ってない」

「おっ。そう思っておにぎり作ってあるよ!」

「自分で食え」


 そうすると、私のすぐ横のドアがガラッと開いて、転んだのに仔犬みたいな元気いっぱいさで、いつもの様にお節介を始めた。


「缶だけどみそ汁も買ってくるよ!?」

「いらない」

「お茶はもう用意してあるから! ほうじ茶!」

「うっさい。どっか行け」

「えー」

「……」

「……!」


 むくれている柴の顔がウザいから戸を閉めようとしたけど、柴はちっこい身体で意外とパワーがあるから、抵抗されて閉められなかった。


「はいはい。ホームルームはじめるから、じゃれてないで教室入ってくれよー」


 んぐぎぎ、と踏ん張る柴の後ろから、担任の藤宮ふじみや吹雪ふぶき先生が声をかけてきた。


 無駄にイケメンな雰囲気をまき散らす、パンツスーツ姿で茶髪天然パーマの藤宮先生の見た目は、完全にどっかの有名な歌劇団出の人みたいだ。


「はーい藤宮先生」


 そう言われると、柴はスッと手を離して、素直に窓際最後尾の自分の席へ戻って行ったけど、


 おにぎり置いて行くなよ……。


 柴が握ったであろう、ラップに包まれた高菜の混ぜ込みおにぎりとパックのお茶が、しれっと私の机に置かれていた。


「――大上さん、朝ご飯抜きだと、4限体育キツいんじゃないかな?」


 それを見て、小声で私にそう言いながら、藤宮先生はウィンクして戸を閉めた。


 1限目が藤宮先生の古典だったから、ホームルームの後も教壇の上にいて、今日やるところをチェックした後、


「柴さん、教科書48と49ページのところ板書してもらえるかな?」

「はーい」


 てこてこと教科書を手に前へやって来た、当番の柴に先生はそう頼んで、分からない所を訊きに来た子と話し始めた。


 乗降式の黒板を目一杯下げてから、ちょっと背伸びして最初の1文字を書いた。


 コンコンと書いていく柴の字は、別に下手では無いけど、跳ね回る仔犬こいぬみたいな元気さがあった。


「……」


 んで、そんな感じで1行書く度に、柴は私をチラチラ振り返って、ドヤ顔で見てくる。


 何の意味があるんだか……。


 と思っていると、1つ思い当たる節があった。


 おにぎり食えってことか?


 もう1行書いて、柴がこっちを見たときに、おにぎりを手に取ると、パァ、と顔が明るくなった。


 さらにもう1行書いて、こっちを見たときに置くと、はうあッ、みたいな感じでショボーンの絵文字の顔をした。


 先生も鬱陶うつとうしいし、食うか……。本当に朝ご飯食べて無いし。


 親は離婚して母親だけだし、早朝から仕事に行くし帰ってくるのも遅いから、夜しか用意できないし、自分で作るのが面倒くさくて、食べないことが結構ある。


 小さい頃は、それでも作ってくれてたけど、私が自分1人で出来る様になってからは、材料は切らさない様にはしてくれるけど、ずっと今みたいな感じだ。


 それはまあ、置いといて、問題は柴の作ったおにぎりだ。


 あの犬っころの擬人化みたいなのが、まともな味付けとか出来るのか、とちょっと不安になったけど、一口囓かじってみると案外まともどころか、絶妙な塩梅あんばいだった。


 最後の1行を書いたところで私を見た柴は、太陽を直に見たぐらい、輝いた視線を飛ばしてきた。


 なんで柴がこんなにお節介を焼いてくるのか、と考えてみると、まあどう考えてもアイツに会った初日、入学式に行く廊下で貧血のせいでぶっ倒れたからだと思う。


 そのときは、6日連続で昼にパンだけしか食ってなかったから、まあそうなるのは当然だったと今は思う。


 ちなみに、なんか私が戦場で致命傷を負った、ぐらいのリアクションを柴がしたせいで、藤宮先生と親を巻き込んで割と大騒ぎになった。


「どう? 美味しかった!?」


 書き終わってチョークを置いた柴は、ダッシュでこっちにやって来て、ものすごい至近距離でキラキラな目をこっちに向けてくる。


「まあ、そこそこは……」

「やったぁ!」


 ちょっと引きながら答えると、みしめるように柴がガッツポーズした。


「はいはい、授業始まるから席に着いてくれよー」


 そんな柴の後ろから、質問が終わった藤宮先生が、ポンポン、と肩を叩いてにこやかに言った。


「はーい」


 周囲のクラスメイトが色めき立つ中、柴は平然と返事をしてまた自分の席に戻った。


 私はあんまり関心が無いからだけど、よく柴はあんなしれっとした反応するよな。


 休み時間とかに、クラスメイトが藤宮先生について話して、よくキャッキャしてるのを聞いたりするけど、大体柴は私の周りで右往左往してそういうのはない。


 チャイムが鳴って、授業が始まってすぐ、私は横からものすごい視線を感じた。


「……」


 案の定、柴がうっとり顔で私をじっと見つめてきていた。


 私の席は、人数の関係でポコッと列からはみ出しているから、柴の視線を遮るものはないせいで、ダイレクトに浴びせられて気になって仕方が無い。


「じゃあここの3行目の――柴さん?」

「あっ、はい! どこをどうするんですか!」

「素直でいいけど、ちゃんと聞いてくれよー」


 ぼけーっとしていた柴は、藤宮先生に当てられて、ハッと前を向いて立ち上がると直球で訊き返した。


 その仔犬感溢れる行動に、教室が癒やし系動物の動画番組みたいな空気感になった。


 失笑が全然聞こえてこないし、柴って好かれてるんだな……。


 前の子に教えて貰って、課題になっていた、古文の現代語訳をすらすら読み上げる柴を盗み見ながら、私はそんなことを考える。


 それと違って、というか、半分自分から避けてるせいもあるんだけど、柴とクラスメイトの距離感と、私のそれは正反対だった。


 私の髪は潜性遺伝かなんかで、地で金髪なんだけど、顔立ちはそんなに他人と差が無い。

 で、お約束みたいな感じで、子どものころから、周囲には変だとか不良だとか、まあそんな扱いをされ続けていた。


 クラス替えや進学の度、クラスメイトからいちいち好奇心染みた態度で説明を求められたり、いじられるのが鬱陶うつとうしくなったから、そのイメージに乗っかってみた。


 すると、面白いように距離をとられて、イラつく事はなくなった。そのせいで、友達は出来なくなったけど、まあ面倒と引き換えだから仕方が無い。


 それでもまだ、なんか子供じみた事を言ってくる人もいて、そういうのが無い様に、高校は結構レベルの高い楓葉かえでば高校にした。


 去年ちょうど、全寮制が撤廃されたおかげで、寮の費用を払わなくても良くなったから、バイトするという条件付きで母さんを説得して、受験させてもらった。


 元々成績は悪くなかったから無事に合格して、これでもう、面倒事は無くなったと思っていたところで、ウザいぐらい絡んでくる柴が出現したわけだ。


 ちょこちょこ柴の視線を感じながらの授業が終わり、休み時間になると、柴がトトトと脇にやって来て、何か世話する事はないか、と言いたげにひたすらソワソワしている。


「なんもねーよ。次の準備でもしとけ」

「え、みそ汁要らない?」

「いらねえ。友達とでもしゃべっとけ」

「えー」


 雑に突き放したのに、大上さんと喋りたーいー、と、全く気にした様子はない。


「あ、おやつが良かった?」

「それも違う。私は赤ちゃんか」


 もう面倒くさいから、私は教室から休み時間いっぱい逃げる事にした。


「ついてくんな!」

「行き先一緒なだけだよー」

「嘘を吐くな嘘を。どこか言ってみろ」

「体育館下の自販機!」

「……そうだよ」

「正直だね!」

「あっ」


 ごまかせたのに、なにやってんだ私。


「じゃあお供しまーす」

「桃太郎じゃねえんだぞ」

「あっ、きびだんごは要りません!」

「私には舎弟がいらねえの……」


 無駄にキリッとしたドヤ顔をする柴に、私はため息を盛大に混ぜて言う。


「舎弟じゃなくて戦友ならいい?」

「ここが戦場だったらな」

「じゃあ受験戦争までお預けかぁ」

「んなもんないし、あってもお前とは組まないから」

「おっ、仲間になるフラグだ」

「なんだそれ」

 

 不本意にコント染みた事をしていると、廊下を歩く移動教室の生徒が、何ごとかとチラチラ見てくる。


「で、何買うの? コーヒー? おごるよ!」

「お前にたかるほどせこくねえよ」


 途中で予鈴が鳴ったから、結局、買うまで行かずに引き返すことになった。

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