第41話 お裾分けの花火

「痛いよね、ごめん」


 丹後くんは申し訳なさそうに眉尻を下げて私の傷口を眺めていた。

 私が悪いのに丹後くんに罪悪感を与えてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


「私の方こそ、ごめん」


 小さな鞄から絆創膏を取り出す。


「貼ってあげる」

「大丈夫だよ」

「いいから」


 丹後くんは優しく下駄を脱がせてくれ、恭しく足を手に取る。

 その瞬間、ぞわぞわっと興奮で肌が粟立ってしまった。


「んっ……」

「痛かった?」

「へ? あ、うん……ちょっとだけ」


 まさか足に触れられて興奮したとも言えず嘘をついてしまった。


「消毒してから絆創膏貼った方がいいのかな? でも消毒するものないし」

「……舐めて」

「ん? なに?」

「な、なんでもない」


 無意識で心の声が漏れてしまったらしい。

 ちょうど大きな花火が打ち上がり、爆音と歓声で誤魔化せたけど、危ないところだった。


 丹後くんは丁寧に絆創膏を貼ってくれる。

 私が傷の手当てなどをして丹後くんをキュンキュンさせなきゃいけないのに真逆になってしまった。


「丹後くんは足、大丈夫なの?」

「俺は素足で剣道していたから丈夫なんだよ」

「へぇ」


 そういう問題じゃない気もするが、現に丹後くんは特に足を痛がる様子もなかった。


「ごめんね。花火見られなかったね」

「気にすることないって」


 私たちは花火が上がっている方のビルを眺めていた。

 時おり少しずれた位置の花火がチラッと見えるだけの、モザイク規制つきの花火みたいだ。


「私はいいから丹後くんだけでも見てきて」

「いいよ、そんなの。それにほら、ここからでもちょっと見えるし」

「あんな切れ端みたいな花火見てもつまらないでしょ」

「あれで十分だって。それに」

「それに?」

「奏さんと二人で見られたってことが一番だし」


 丹後くんは顔を赤くし、恥ずかしそうに呟く。

 きっと私も同じように顔が赤いはずだ。


「それにさ、こんな不思議な花火観賞ってずっと忘れない気がするよ。ビルの影からチラッとだけ見える花火を見るんだよ。なかなかあり得ないでしょ」

「確かに」

「あっ!?」

「え、どうしたの!?」

「いま、笑った」

「えっ!? 嘘!?」


 自分でも笑った感覚がなかった。

 思わず出た笑顔なのだろう。


「よっしゃ! やった! 取りあえず笑わせるのに成功した!」

「ありがとう」

「笑顔にするのが最大の目標だったからね! これで花火作戦は成功だ!」

「笑顔が最大の目標? 普通花火でしょ」

「あ、また笑った!」

「あ、ほんとだ。いまのは自分でも分かった」


 丹後くんは私の手をぎゅっと握った。


「すごいよ、奏さん! 今日は大フィーバーだね!」

「な、なんか自然と出た感じ」

「もう一回笑ってみて!」

「えー? 無理だよ」


 もっと笑いたかったけど、丹後くんに手を握られ、緊張してもう笑みは浮かばなかった。


 二人で肩を並べてお裾分けみたいな細切れの花火を楽しむ。

 盛大な音と視覚がまったく噛み合っていなかったけど、それでもとても楽しかった。


 ティロンッ……


 一斉に花火が打ち上がったとき、私のスマホがメッセージ着信の音を立てた。


「あ、メッセージ……三ツ井さんからだ」


 開いてみるとたくさんの花火が夜空を彩る写真だった。


「三ツ井さん、写真送ってくれたんだ」

「そうみたい」


 花火大会は用事があるからと断っていた。

 見られない私に気遣って写真だけでも送ってくれたのだろう。

 相変わらずいい子すぎて申し訳なくなる。


「丹後くんにも来てる?」

「いや。俺の方には来てないな」

「そっか」


 ここで丹後くんにも写真を送っていたら堂々と敵視できるのに。

 やっぱり三ツ井さんは悲しいほどいい人だ。


 まさか私が丹後くんと二人で花火を見に来てるなんて夢にも思っていないのだろう。

 なんだかちょっぴり申し訳ない気持ちにさせられた。


「ねぇ、今度は三ツ井さんたちも誘って遊びに行かない?」

「いいの? 大人数だと疲れない?」

「分かんないけど。でも積極的に人と関わった方が私のためにもなるかなーって思って。まずは四人くらいがいいけれど」

「偉い! さすが奏さんだね!」

「そ、そんなに大層なものじゃないよ」


 本当は抜け駆けしたお詫びの意味でもあるんだけど、そうは言えない。


「丹後くんと遊びに行くって行ったら、三ツ井さん喜ぶだろうなぁ」

「そうかな? むしろ奏さんと遊べるのを喜ぶんじゃない? 三ツ井さんってすごく奏さんのこと好きそうだから」


 そう言って丹後くんはにっこり笑う。

 前から思っていたけど、丹後くんは私の心の内を読むのが得意な割に女の子の恋心には疎すぎる。

 惚けているのかと思うほど鈍感だ。


 きっとそういうことに慣れてないからなのだろう。

 もどかしいけど、そこも丹後くんの魅力のひとつ、そういうことにしておこう。



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