第39話 期末テスト
期末テスト初日の朝。
私は緊張で身体が強張ってしまっていた。
勉強不足で不安だからではない。
丹後くんの点数が上がるか下がるかで緊張している。
テスト前特有の緊迫で教室内はざわついている。
丹後くんは教科書を見ながら晃壱くんと喋っていた。
色んな人の声の中から丹後くんの声だけを聞き分けられるのはもはや私の特技といっても過言じゃない。
「そんなに焦るなよ、晃壱」
「焦るだろ! 全然勉強してないんだぞ!」
「偉そうに言うことかよ」
「ずいぶんと余裕だな、丹後!」
「余裕じゃないよ。でも勉強はやれるだけやったから、あとはテストに臨むだけだ」
「変わった! お前は変わっちまったよ、丹後!」
大丈夫。
丹後くんは頑張ったもん。
必ずいい成績だよ。
心の中で応援する。
「あー、不安だよぉ、安東ちゃん!」
「ひゃう!?」
いきなり背後から抱きついてきたのは三ツ井さんだ。
結構がっつり抱きついてくるから背中にぶにーっと柔らかな感触がする。
「不安だよぉ」
「三ツ井さんは真面目に授業受けてるし大丈夫だよ」
「でもなぁ。勉強してても分かんないとこだらけだったし」
「なにが分からないか理解してるっていうのは、半分理解してるのと同じだよ。心配しないで」
「そうかなぁ?」
泣きそうなほどに瞳をうるうるさせて見詰めてくる。
これはヤバい。
女子の私でも可愛いと思ってしまうほどの破壊力だ。
こんな風に迫られたら丹後くんもふらふらーっと惹き込まれしまうのは間違いない。
身をもってライバルの強さを再認識し、身が引き締まる思いだった。
数学のテスト問題が配られ、思わず心の中でガッツポーズをしてしまう。
出題傾向は私の予想していた通りで、いくつかの問題にいたっては仮想テストとして丹後くんに出題したものと全く同じだった。
クラス前方の席に座る丹後くんの背中を見ると、同じように喜んでいるのを感じた。
その後のテストも私が想定していた問題が多く出題された。
それ自体は別に珍しくもないし、奇跡でもない。
そもそも先生はどこがテストに出るのかを授業中にも伝えている。
人によっては直接、またある人によっては繰り返し伝えることで暗に、どこをテストに出すのかを伝えていた。
受験だとこうはいかないが、学校の定期テストならしっかりと授業を受けていれば分かるものだ。
テスト一日目が終了し、教室のざわめきは朝のそれより若干悲嘆めいたものに変わっていた。
阿久津くんに詰め寄られる丹後くんも同調して嘆く振りをしていたけれど、目を見れば手応えを感じているのが分かった。
「奏さんのおかげでかなり楽に解けたよ。ありがとう」
夜のビデオ通話で丹後くんは生き生きとお礼を告げてきた。
「ううん。全部丹後くんの努力だよ。私は一緒に勉強しただけ」
「一人でやってたら絶対あんなに出来なかったって」
「そう? 少しでも役に立てたならよかった」
感謝されるようなことはしていないけど、丹後くんにありがとうと言われて悪い気はしなかった。
「これで花火大会に行けるね」
ちょっとドキドキしながら告げる。
「そうだね! ってまだ結果出てないし、そもそも明日もテストだけど」
「丹後くんならきっと大丈夫だよ」
気の早い私は浴衣を着ていこうかどうかでそわそわしていた。
全教科のテストが終わり、その結果が廊下に貼り出される。
成績貼り出しの瞬間はいつも職員室の前に人だかりが出来ていた。
いつもは空いてから見に行く程度だけれど今回は私も人混みの中にいた。
なぜか隣には三ツ井さんの姿がある。
なにやら話し掛けてくれているが、今はまともに会話をする余裕がなかった。
先生が掲示板に成績を貼り出した瞬間、おおーとかわぁ! などの声が上がる。
ちょっと失礼かなと思ったが、丹後くんの前回順位から考えて140位辺りから確認した。
えっ……ない……
100位を過ぎ、70位に差し掛かった辺りで不安が過る。
ドキドキと胸を高鳴らせて更に確認していく。
「あっ! あった!」
53位に丹後くんの名前を発見し、思わず大きな声を上げてしまった。
「え? いま見付けたの!? 安東さんいつも通り1番なのに!?」
三ツ井さんは驚いて私の顔を見た。
「あ、いや、その……三ツ井さんの名前を見付けたから」
「私の名前探してくれてたんだ! ありがとう! でも恥ずかしいな。52位なんて、安東さんから見たら相当悪いもんね」
「えっ……?」
見ると確かに三ツ井さんは丹後くんの真隣ににその名前が記されていた。
どうでもいいことなのに、なんだかちょっと三ツ井さんが羨ましくなる。
「いいなぁ、三ツ井さん」
「は? え? い、一位の方がよくない?」
「ううん。なんでもない」
逃げるように掲示板を離れて購買部に向かうと丹後くんと会った。
「あ、丹後くん……」
「結果見たよ。また一位だったね。おめでとう」
「丹後くんの方こそ。すごく順位が上がっててビックリしたよ」
花火大会のことはみんなに内緒だから学校では話せない。
でも私たちは言葉を交わさなくても通じあっていた。
今年の夏は、楽しい夏になりそうだ。
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