第16話 絶叫マシーン対美少女アンドロイド
連休の初日。
混雑することは覚悟で俺たちはテーマパークにやって来ていた。
「今日一日だけしかなくて、ごめん」
「いや。全然いいよ」
奏さんの実家から帰ってこいという連絡が来たとのことで、連休中に会えるのは初日の今日しかない。
残念だけど高校生の娘を一人暮らししているご両親の気持ちを考えれば仕方のないことだ。
ちなみに今日は以前二人で買いに行ったワンピースを着ている。
控え目に言って地上に降り立った天使のようだ。
「丹後くん、まずはあれに乗ってみようよ」
奏さんが指差したのはジェットコースターだ。
足を置く場所のない、吊られたような格好で疾走することで知られている絶叫マシーンだった。
「い、いきなり? 最初はゆっくり動くライドに乗るやつとかがいいんじゃない?」
「私の表情を引き出すために来てるなら激しいやつの方がいいと思う」
「まあ、それはそうだけど」
そう言われてしまったら断りづらい。
仕方なくジェットコースターの列に並ぶ。
「奏さんはよくテーマパークとか来るの?」
「ううん。家族と何回か来たことはあるけれど学校の友だちと来たことはない」
「そうなんだ。じゃあ友だちと来るのは俺がはじめてなんだね」
「友だちと来たことはない」
大事なことは二回言うのか、奏さんは繰り返した。
心なしかムッとしているようにも見えるが、恐らく気のせいだろう。
俺もまだまだ奏さんの心の動きを読み取れきれてない。
「音色ちゃんは元気?」
「ああ、そりゃもう、お陰さまで。少し元気をなくしてもらいたいくらいに元気だよ」
「今日は音色ちゃんになんて言って出てきたの?」
「普通に奏さんと会うって言ってきたよ。もちろんテーマパークに行くなんて行ったら連れていけってうるさいから、行き先は告げてないけど」
「でもお土産買って帰るんでしょ? 渡したらバレちゃうね」
「あ、それもそうか。まあ、仕方ないね」
順番待ちの列は思ったよりも流れがよく、話しているうちに俺たちの順番となった。
椅子に座り安全装置を装着する。
足を置く場所がないというだけでずいぶんと不安な気持ちに駆られる。
「うわっ……想像以上に怖いな」
「そう? ワクワクするけど」
椅子の背もたれが傾いていき、地面と水平の格好にされるとあちらこちらで悲鳴が上がった。
天井に
「うわー、無理! この格好で走るの!? 落ちない!?」
「落ちないから安心して」
サイドポニーを垂らした奏さんに宥められる。
その表情には相変わらず焦りのひとつも浮かんでいなかった。
ライドが動き出すと、もうあちこちから悲鳴の嵐だった。
地面にぶつかるんじゃないかというくらい急降下したかと思えば、すごい速度で急カーブを曲がる。
更に捻りが入ることで天と地が入れ替わる。
これは普通のジェットコースターではあり得ない体験だった。
俺は叫ぶことも出来ず、ほとんど息を止めてしまっていた。
ゴールに到着し、地面に足を着けてようやくほっとした。
「だ、大丈夫、奏さん」
「うん。楽しかった」
奏さんは何事もなかったかのように平気な顔だった。
ジェットコースターに乗っているときは奏さんの様子を見る余裕すらなかったけど、少なくとも悲鳴的なものは一切聞こえなかった。
「次は後ろ向きで走るジェットコースターに乗ろうか?」
「えっ……絶叫二連続?」
「今度こそ怖さで叫んじゃう気がする」
「そ、そう? まあ奏さんがそう言うなら……」
逆走行ジェットコースターに関しては記憶がすっぽり抜けてしまっている。
それくらい恐怖だった。
しかし相変わらず奏さんは涼しい顔のまま次のアトラクションを選んでいた。
「次はこのフリーフォール型の──」
「奏さん、絶叫マシーンに乗りたいだけでしょ?」
「え? あ、いや……」
ジェットコースターに乗っても顔色一つかえない奏さんが、妙におろおろと目を泳がす。
こういうところは分かりやすくて可愛い。
「恐怖で絶叫させる作戦は一旦置いといて、ちょっとパーク内を歩こう」
「うん」
テーマパークはアトラクションに乗るのも面白いが、世界観が作り込まれているのでこうして歩いているだけでも楽しい。
あてもなく足の向くままに歩いていると、アメリカの西海岸を模したエリアにやって来た。
ワゴン販売店やオープンカフェが並んでいて賑やかだ。
「あれなにかな……?」
「ん?」
奏さんの視線の先にあったのはゲームコーナーだった。
ボールを投げて積み上げられた3つのブロックを全部落とせば景品がもらえるらしい。
その景品の人形に奏さんの視線は釘付けだった。
凶悪そうな顔つきのサメだが、やけに丸っこい身体をしたぬいぐるみだ。
不気味なようで可愛い独特な雰囲気を醸し出していた。
以前もあんな感じの丸い人形を欲しがっていたな。
きっとあんな感じのものが好きなんだろう。
「よし、やってみよう!」
「難しそうだよ?」
他の人がやっているのを見ると、確かに簡単ではないようだ。
ボールを当ててブロックを崩すのは簡単そうだが、台から落とすとなると難しい。
うまくピンポイントに当てて上の二つを飛ばして一番下のをどうにか落とすのがよさそうだ。
「頑張って」
「任せといて!」
最初は二段目と三段目の間を狙う。
しかし狙いすぎたのか、ボールは横を掠めて不発となってしまった。
続く二投目で狙いどおりに当たった。
「わ、当たった」
奏さんがピクッと目や眉を動かす。
しかし一番上は予定どおり台から落ちたものの、真ん中のブロックは落ちずにギリギリ台に残ってしまった。
「あー、まずいな……」
元々それほどコントロールがいい方ではない。
真ん中に残っていたブロックを狙い、なんとか六球目で落とせた。
残るボールはあと一つ。
これで最後の一つのブロックを落とさなくてはいけない。
ずいぶん端に寄ってるからうまく当てれば可能だけど、果たして出来るだろうか?
ふと隣を見ると奏さんは祈るように胸元で手を握り合わせていた。
奏さんのために外すわけにはいかない。
クレーンゲームのようにいろんな角度からブロックを確認する。
ブロックの正面ではなく角を狙う。
投げる角度はこの辺りだ。
狙いを決めてボールを放った。
「あっ……」
「ッッ……」
見事ボールは命中し、ブロックは台から転げ落ちた。
カランカランッ!
祝福のベルが鳴り、係員さんはもちろん、周りのお客さんからも拍手を受ける。
景品のぬいぐるみを貰い、それを奏さんに渡した。
「はい、どうぞ」
「いいの?」
「もちろん。そのためにやったんだから」
「ありがとう」
奏さんはぎゅっとぬいぐるみをぎゅっと抱き締め、ちょっぴり目尻を下げて微笑んだ。
それだけで十分ゲームをした価値がある。
それにしても強く抱き締めすぎて人形がむにゅーっとなってしまっている。
よっぽど欲しかったんだな。
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