第10話 デートの始まりは鏡の前

 体育館にはボールが弾む音、シューズが床を擦る音、みんなの騒ぐ声が溢れている。


 男子はバスケ、女子はバレーボールに別れの体育の授業だ。

 俺は晃壱とペアになり、ドリブルしながらパスの練習をしていた。


 ウォーミングアップが終わり、試合形式のミニゲームになる。


 試合の出番じゃない男子生徒はみんな女子のバレーを見ていた。

 その中に紛れて俺もチラッと横目で奏さんを眺める。


 奏さんは試合中で、仲間があげたトスに合わせてジャンプする。

 まるで体重がないかのようなふわりと軽やかな跳躍だった。

 背筋を弓なりにし、全身で叩きつけたボールは相手コートの床に刺さって跳ねた。


「おおー」

「スゲーな、アンドロイド。頭がいいだけじゃなくて運動神経もいいのか」

「ばか。そこじゃねぇーだろ。あのたゆんと揺れるおっぱいだろ、注目すべきは!」


 男たちのどよめきと品のない会話になぜかイラッとした。


 はしゃぐチームメイトに囲まれた奏さんは相変わらずの無表情でハイタッチをしている。


(分かりづらいけどきっと奏さんは喜んでるな。ハイタッチに少し勢いがある)


 奏さんは不意に振り返り、眺めていた俺と目が合う。

 そしてほんの少し会釈をしてまたプレイに戻っていった。

 ほんの些細な反応だったけど、俺の心臓はドキッと震えた。


 もっと見ていたかったが、今度は俺が試合の番になったのでコートへと移動する。


「おっと、丹後のチームと対戦か」

「よろしくな、晃壱」

「丹後に俺のドリブルが止められるかなー?」


 晃壱は緩急つけたドリブルが得意だ。

 特に最高スピードに達したときはバスケ部の奴だって止められないくらいに速い。


 一人がマークして晃壱にパスが回らないように試合を展開した。

 しかし隙を見てボールを受けた晃壱は相変わらずの速度で突っ込んでくる。


「おららららららっ!」

「させるか!」


 前に立ちふさがると晃壱は右、左と軽く揺さぶってきた。


 左、と見せかけて右!


 体重の移動を見極め晃壱のドリブルを阻止してボールを奪う。


「うわっ!?」

「悪いな、晃壱」


 そのボールをすぐに前線にパスするとうちのチームの得点となった。

 ゴールを決めた奴にみんなが群がる。

 ちらりと女子のコートに目をやると、じぃーっ奏さんが俺の方を見詰めていた。


 軽く手を振ると奏さんも胸元で小さく手を振る。

 たったそれだけのことなのに嬉しさで胸が一杯になった。



 ────

 ──



 放課後、駅と反対方向にある公園に行くと既に奏さんの姿があった。

 二人でいるところをあんまりみんなに見られると奏さんが緊張するだろうから、こうして人と合わないところで待ち合わせすることに決めていた。


「バレー、上手だね」

「見てくれてたんだ」

「ごめん。嫌だった?」

「ううん」


 奏さんは軽く首を振る。


「丹後くんもバスケ、上手だったよ」

「俺はたいして活躍してないよ」

「そんなことない。誰も止められなかった阿久津くんを止めてたのは丹後くんだけだったもの」

「見てくれていたんだ」


 奏さんに見てもらえていたと聞いてちょっと嬉しくなる。


「常に後方で状況を確認して先回りのディフェンスをしてて凄いなって思った。パスするときも瞬時にフリーの人見つけてたし、靴ひもが解けたときも素早く直していたのも凄かった。汗をシャツで拭くときお腹がチラッと見えたのはドキッとしたけど」

「えっ? そんなとこまで見ていたの?」


 靴紐直すところは見なくてもいいのに。

 試合というより俺だけを追ってみていたのかというくらい細かい。


「た、たまたま見えただけ」


 奏さんは俯き姿勢になって少し歩を速めた。


「それよりも今日は一緒に買い物に付き合って欲しいの」

「夕飯の買い出し?」

「ううん。洋服だよ」

「もちろん構わないけど、俺でいいの? あんまり女の子の服について詳しくないけど」

「もちろんいいに決まってるよ。丹後くんとのデートに着ていく服を選びに行くんだから」


 当たり前のようにさらっと無表情で言われたが、心臓はドキドキしてしまった。


「俺が選ぶってこと?」

「丹後くんが好む洋服を選んだら効率的でしょ?」

「それはそうかもしれないけど、なんか違う気がするな」

「そうなの?」

「奏さんが好きな服を選ぶところからデートって始まってるんじゃないのかな? この服が似合うかなとか、今日はこれを着たいとか、鏡の前でそんなことを考えるのも楽しくない?」

「そういうものなんだ。知らなかった」


 奏さんは遠くを見る目で呟いた。


「たとえばこのあいだ着てきた服も似合ってて可愛いと思ったよ」

「ありがとう。でも私はほとんどああいうなんの特徴もない服しか持ってないから。やっぱりもうちょっと可愛いのも欲しい」

「分かった。じゃあ一緒に見に行こう。もちろん選ぶのは奏さん本人が決めてね」


 俺はあくまで付き添いという格好で同行することとした。




────────────────────



ひゃあぁァァっほぉぉおおおー!

失礼しました。

私の作品『マッサージをするとなぜか顔を真っ赤にさせて身悶える美少女に、ものすごく懐かれてます』がカクヨムコンの中間、通りました!


これもひとえにいつも応援してくださる皆様のお陰です!


ってまあ、マッサージのあとがきに書けよって話ですけど。


医療行為×青春の胸(と下半身)が熱くなる物語なので、よろしければそちらも読んでくださいね!


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