最強魔術師、死後は犬に拾われる ~普通、私が拾う側じゃないですか?~
室星奏
プロローグ
プロローグ
「闇夜に降り注げ、黒の剣よ――。〈
その日――私が勤めていた魔剣学院が襲撃された。
その地に降り立つ銀髪をした魔族の少女は、高位の魔術を短い詠唱を紡いで発動する。
空に幾多の魔法陣が形成され、そこから黒い魔力の剣が降り注がれた。
「何――うわぁああぁ!!」
「どうして、どうしていきなりこんな!」
その剣は周りで応戦していた生徒と教員を捉え、次々と突き刺していった。
その光景を見ていた他の生徒も、足がすくんで動けなくなっていた。
しかし、それでも果敢に他の教員たちや少数の生徒たちは戦い抜いていた。
「お前ら、杖と剣をとれ! 何のために今まで勉強していたと思っているんだ!」
「そうです! 亡くなったミリア先生の分まで、少しでも消耗させないと!」
学院の首席である魔剣課第3学年のアスタルは周囲を鼓舞する言葉を投げかけながら、降り注ぐ剣を的確に捌く。
もう一人の、魔術課第3学年のフィスタルテもその言葉に反応し、すくんでいた足を立ち上がらせ、魔族の前へと立つ。
「――無様だね。世界で頂点と豪語する魔剣学院と聞いたのに、この程度だっなんて」
「くっ――まだだ! まずはお前の動きを封じてやる! 我が名目に従い、彼の魔の力を封じよ! 〈
アスタルは両手を前に掲げ、封印の魔術を詠唱する。
魔族の四方八方に紫の魔法陣が形成される。
発動したのは、封印魔術の一種であり、かつその中でも他と比べて高位の物に類される物。
持続時間は10分、その力はどんな魔族ですらも動きを止めてしまうという、大変すばらしい魔術である。
「アスタルさん、助かります!」
「出してる間は動けない! フィスタルテ、他の生徒連れて攻撃を仕掛けろ!」
「はい! 皆さん、今です!」
その様子を見たのか、他の生徒も勝機を見出し、地に落としていた武器を取る。
魔族である限り、アスタルの封印魔術を逃れられる筈がないのだから。
「光の精よ、我が名目に従い、今ここに光の槍を形成せよ! 〈
フィスタルテは魔族に向かい、光属性の魔術を放つ。詠唱を受けた杖は、眩い光を放ち、やがてそこから光の槍が形成され、放たれる。
他の魔術課の生徒も彼女程の物ではないが、攻撃魔法を放ち、数うてば当たる戦法で応戦する。
「――愚かだなあ。こんな物効かないさ」
しかし、魔族の少女は白い手を前に突き出し、指をパチンと鳴らす。するとどうしてだろうか? 張られていたアスタルの封印魔術、更にはフィスタルテ達が放った攻撃魔術も全部、まるでシャボン玉のように霧散した。
「――な!?」
「結界だけでなく、私達の魔術まで?」
驚きを隠せない面々。
「馬鹿な人間達……。さて、ここらで終息といきましょうか?」
魔族は妖艶に笑い、両手を天に掲げる。
「魔術の祖よ、闇に堕ちよ。その呪縛に蝕まれ、暴走し、今この地を絶望の地獄へと染め上げよ! 〈
生徒たちが休む暇もなく、魔族は死に値する威力の詠唱を紡ぐ。
詠唱の節、そして魔力、どれもが常識を逸した物であり、生徒と教員の顔は次第に絶望のソレへと染まっていく。
――ゴゴゴッ。
地面を裂き、炎の柱が吹き荒れる。
反撃など出来る筈もなく、生徒たちはただ逃げる事しかできなかった。
(……もう、打つ手がない)
(こんな時……先生なら)
アルタルとフィスタルテはただ、逃げるという行為は実行せず、打つ手をただ模索していた。
それでも、何も浮かばない。自分たちの知識だけでは、もうどうしようもないと悟ったのだろう。
それでも、他に頼れる生徒も教員もいない。なら、自分たちでどうにかしなければ――。
「おかしいな~? アスタルって、そんな諦めの悪い子だったっけ?」
「「――!」」
絶望しかないその戦場に、一つの甘い声が響く。
こんな時に、何変な事を言っているのだろうか? 目の前の惨状に気づいてないのか? アスタルとフィスタルテは共に困惑をにじませる。
「フィスタルテ、魔術の腕は上がってるけど、状況判断力がまだ足りてないと思うなあ、打開策なんて幾らでもあるでしょ?」
「こ、この声は――」
覚えている。
いつ、どんな時も、こうやって甘く語り掛ける。
そんな肝の据わった人物は、この世界にそうそういない。
しかも、この魔剣学院に足を踏み入れる事が出来る人物に絞るならば、恐らくそれは一人。
「……あ」
「嘘、だろ……?」
「ふむ、貴様、何者?」
身体ごと顔を背後に向ける。
そこにいた人物に、二人は信じられない物を見たかのように、大きく目を開き、そして息を飲んだ。
少しハネのついた金色の長き髪と、透き通った紺碧色をした大きな瞳が特徴的な、年20代の美女。
両手には特注と思われる大きな杖を握り、目の前の光景をマジマジと見つめていた。
「ミ……」
「「ミリア先生!?」」
「久しぶりだね、元気してた?」
1年程前に起こった大戦争で惜しくも命を落とした大魔術師であり、彼と彼女たちの前任講師。
その、ミリア=スフェランサー先生が、目の前に存在していたのだ。
「先生!? いやだって……先生は、1年前に!」
「あ~、まあ色々あって。とりあえず今は!」
ミリアは手に持つ杖を地面に突き刺し、幾多の魔法陣を展開する。
「この炎、消さないとね!」
「何だって……?」
魔族は驚くような表情を見せる。
「地の精よ、我が名目に従い、地の扉を開く。その力を振るわせ、潜みゆく魔の手を浄化せしめん! 〈
先ほどの生徒の魔術とは比較にならない程の節を詠唱し、魔力を放出する。
それと共鳴するかのように、展開されていた魔法陣がスッ、と移動を開始する。
地が割れ、炎が吹き荒れていた場所を魔法陣が通過する。その刹那、炎は瞬時に鎮火し、割れていた大地は元の状態へと戻る。
「浄化系魔術!? 失われた物の筈だ……何故あんたのようなどこにでも良そうな魔術師が使えるの!?」
「それ、結構失礼だけど。まあいいや。私ね、古典魔術にも少し詳しくてね。これ程度の物なら使えるんだよ」
「凄い、さすが先生っ!」
「あれほどの魔術を一瞬で無力化するとはな……。でも何で行きなり現れたんだ? 死んだ事実は俺達も確認したはずだが」
「だーかーらー、それは~」
「……おいガキども。今は事情聴取より目の前の危険に対処に集中しろ」
二人と先生の感動の再会を断ち切るかのような鋭い言葉が、背後から放たれる。
誰だ、と生徒の二人は身体ごと顔を背後に向ける。だがそこに居たのは、人などではなく――。
犬であった。最も、普通の犬より少し巨体ではあるが。
「「犬!?」」
「あ、
「「主様!?」」
「主様はやめろといってるだろうが」
ミリアが主様と呼んだ犬は、ツカツカと前を歩き、魔族をジッとにらみつける。
背中に取り付けられていた一振りの杖が微かに震える、この犬にも魔力が流れているという証拠だろう。
――だが、それが気にくわないのか、魔族はチッ、と舌打ちした。
「ただの犬風情が、魔力を行使するというの?」
「あ? なんだ、犬には権利がないってか?」
犬風情、という言葉に、ミリアもピクッと反応する。
「悪いが、俺の魔力は俺の物だからな、お前みたいなガキに指示される筋合いはないんだが?」
「ガ、ガキ――?」
「ああ、見た目ガキだしな」
「こ、この――!」
犬に侮辱されたとなれば、例え人間でも腹が立つだろう。
実際、ミリアも出会った当初は腹が立って、よくケンカもしていた。
しかし、奴はミリア以上のプライドを持った魔族である。
人間ならまだしも、人間よりもさらに下で見ていた犬に侮辱されたのだ。
精神的には、大ダメージだろう。
「良いわ、そこまで言うのなら相手になってあげる。謝っても、もう遅いよ!」
「ああ、良い力比べ程度にはなると良いな。後ろのガキどもは下がってろ」
「お、おい! 無茶すぎるだろ! 犬が魔族と戦うなんざ!」
震わせていた一振りの杖を念動力で操作し地面に刺す、彼の戦闘合図だ。
そして、その音がまるでそう命令したかのように、ミリアもスクッと立ち上がり、生徒たちに暖かな笑顔を見せ、犬の方へと駆け出した。
「さて仕事だ、ミリア。魔力使用量は任せる。俺は〈
「――ええ、了解です!」
「私にたてついた事、後悔しながら眠るといい!」
――これが、私が死霊術師の犬に拾われて、一年後に起こる戦いです。
今から語るのは、それに至るまでの、一部始終です。
最強魔術師、死後は犬に拾われる ~普通、私が拾う側じゃないですか?~ 室星奏 @fate0219
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