第2話 運命の出会い
中島海人という少年は、いわゆる引きこもりの高校生であった。
地味な容姿と人見知りする性格で、しかし仲間内だと陽気なキャラクター。
そんな彼はひょんなことからカースト上位の同級生に目を付けられ、いじめられたことによって不登校となった。
それから誰にも心を開かずに部屋に引きこもり続け、ゲームや漫画、アニメなどに没頭して現実から逃げ続けていた。
そんなある日、相変わらず引き籠ってパソコンに張り付いていた海人の部屋に、一台の大型トラックが突っ込んだ。
道路に面した一階の隅にあった海人の部屋は、居眠り運転の大型トラックに蹂躙され、吹き飛んだ。
もちろん海人は即死。自分が死んだことさえ気付かないまま、十七年の人生に幕を下ろした。
そして気が付くと全く見覚えの無い、ファンタジー風の異世界に転移していたのだ。
異世界に転移して初めて目に映ったのは、雑踏を行き交う様々な人間だった。
よく見てみれば肌が緑色だったり、耳が尖っていたりと、多種多様な人種が目の前を通り過ぎていく。
「こ、これが……!」
目の前の光景を目にするや、自身が置かれた状況を理解した海人は眼を見開いた。そして彼の口角は自然と釣り上がる。
「これが異世界転移ってやつか!」
そして自身の頬をつねりながら、目の前のファンタジー世界が妄想の産物では無いことを確信した。
群衆の隅で突然万歳し始めた海人に、行き交う人々が奇異の視線を向ける。
それは行動の結果でもあるが、他に彼がこの雑踏の中で一際浮いてしまっている要素がある。
それは――
「やっぱジャージは浮くよなぁ……」
自身の身を包む、引きこもり御用達装備を見下ろして海人は苦笑いする。伸縮性に富んでおり、実用性は抜群に良いのだが、いかんせんファンタジー世界にはミスマッチすぎる。
「あっちの世界での最期が部屋の中だもんな。そりゃ着替えてる猶予なんて無かったけど、これはあんまりだろ……」
このジャージを購入してから海人は成長し、袖丈が若干足りなくなっているうえ、ズボンの膝部分には小さな穴が開いている。それに靴もスリッパのままなのだから目も当てられない。
「うおぉぉぉぉい! あんちゃん、避けろおぉぉぉぉ!!」
「は?」
自分の初期装備を再確認して呆れ果てる海人の元に、野太い声と断続的に続く地鳴りのような重低音が迫ってきていた。
そちらに振り返ると彼の視界を、大きな荷車を引く美しい白馬の巨体が埋め尽くした。
よくよく見てみればその額の凜々しい一本角が天を衝いており、ただの白馬ではない事が見て取れる。
「おいおいおいおいぃぃぃ!! トラックに轢き潰されたと思ったら、ユニコーンに跳ねられるのかよっ!?」
こちらに凄まじい速度で向かってくる白馬がユニコーンであると悟った海人は、大声を上げてその場から逃げようとした。
しかし決定的に反応が遅れてしまった彼が激突から逃れるには、もうあまりにも距離が近すぎる。
「うっそだろ……?」
異世界転移をしてからものの五分程度。中島海人は再びの死を迎えようとしていた。
「止まってください!」
迫り来る死の気配に海人は瞼を強く閉じた。
しかし凜とした声が聞こえると、来たるべき衝撃がいつまで経っても襲ってこないことに気が付いた。
「え……?」
ゆっくりと瞼を持ち上げた海人の眼に映ったのは、先ほどまで影も形も無かった美しい氷山であった。
それは地面から隆起しており、暴走気味だったユニコーンを拘束しつつ上空へ持ち上げていた。
「大丈夫ですか……?」
ユニコーンが突っ込む直前、咄嗟に横へ飛んで事故を回避しようとした海人は、その勢いのまま地面に転がったため、倒れ伏しながら氷山を見上げていた。
そんな彼の横手から心配そうな声色の透き通った声がかけられ、同時に陶器のような色白で美しい手が差し出された。
「あ、あぁ。ありが……」
海人はその手を取り、お礼を口にしながらそれが繋がる先へと目を向ける。
刹那、全身に電撃のような衝撃が駆け抜ける。
それは海人が言いかけていた言葉を吹き飛ばすほどのものであった。
自分に手を差し伸べてくれたのは眩い銀髪の少女だった。しかしただの少女では無い。
絶世の美少女、という言葉が彼女を形容するのに相応しい言葉だろう。
絹糸のように指通りの良さそうな長い銀髪は腰のあたりまで伸ばされており、ほっそりとしながらも女性らしい曲線を描く肢体は見る者を魅了してやまない。
そして海人は確信する。
目の前の美少女こそ、異世界に転移した自分にとってヒロインになり得る存在だと。
「あ、あの……?」
雷に打たれたように少女を凝視したまま硬直する海人に、彼女の水色の瞳が不思議そうにこちらを見つめ返してきた。
「あ、あぁごめん。これ、君が助けてくれたんだよな?」
海人ははっとして少女に視線を返して笑った。そして馬車を持ち上げている美しい氷山を見上げて問いを返した。
「はい、かなり危険な状況でしたので……」
「ホントに助かったよ。死んで転移してきた矢先に、また死ぬなんて笑えないからな」
海人は後頭部を掻きながら苦笑を浮かべる。
そして命の恩人である銀髪の少女が、驚いたような表情を浮かべながらこちらを見つめていることに気が付いた。
「ど、どうしたの……?」
「あなたは転移者さんなのですね!」
「え? あぁ、多分そうだと思うんだけど……」
少女の口から『転移者』という言葉が出てきたことに面食らった海人は、彼女が次の言葉を発するまで口を半開きにしていた。
「やっぱり! その髪と眼の色、そしてその格好。転移者さんの特徴そのままです!」
「え、転移者ってそんなにありふれたものなの……?」
彼女の口ぶりからは、この世界では転移者というものが珍しくないように聞こえる。
そのため海人は恐る恐ると言ったように問いかけた。
「えぇ、この世界ではかなり……」
「おぉ~いリベルテちゃん! 立ち話してるとこ悪いんだが、降ろしてもらえるかぁ~」
少女は小さな笑みを称えながら質問に答えようとしたものの、上空から割り込んできた声によっていったん断ち切られた。
「あ! す、すみません! すぐに降ろしますね」
その声は馬車ならぬユニコーン車の荷車を引いていた、行商人らしき老人のものだった。
海人も銀髪の少女も、会話に夢中になっていて完全にその存在を忘れてしまっていた。彼女は思い出したように老人に謝り、氷山をゆっくりと消し去った。
その後、行商人の老人から危険な目に遭わせた迷惑料ということで、少しの路銀と衣服を譲って貰うことが出来た。
「おぉ~! ファンタジーっぽい服だ!」
彼から譲り受けた服に着替えた海人は、くるくると回りながら自身の身体を見下ろしていた。
着の身着のまま転移した海人は、上下ぼろぼろのジャージにスリッパという貧相な格好だったが、服装をあらためたことでようやく異世界転移に巻き込まれたことを実感し始めていた。
「ふふ、私たちにとってはありふれたものなんですけどね。転移者さんたちは、みんなそうやって喜んでくれます」
「そりゃ喜ぶよ! こんな世界に来れたらなって、何度夢見たことか!」
海人はきらきらとした目で町並みを眺めながら、本当に嬉しそうに笑った。しかしふと思い立ったように少女の方に向き直って口を開いた。
「そうだ、完全に忘れてたけど自己紹介! 俺の名前は中島海人、十七歳。見ての通り転移者で、この世界について何にも知らない」
海人は自身の胸に手を当てながら、銀髪の少女に向けて自己紹介をする。そして彼女の瞳を見つめながら小さくはにかんだ。
「だから君にこの世界について教えて欲しいんだ。ダメかな、リベルテさん?」
「!! その名前をどこで……?」
名を呼ばれた彼女ははっとしたように問いを返す。その表情からはどこか焦燥のようなものを感じ取ることが出来た。
「ん? あぁ、さっきの行商人のおっちゃんがそう呼んでたから……違ったかな?」
「あ、なるほど! 先ほどのご老人はちょっとした顔見知りなんですよ。この町は狭いですからね」
海人の言葉を聞くや、リベルテは納得したように頷いて柔らかな笑みを称えた。
「すみません、カイトくんにだけ自己紹介をさせたままでしたね」
そして彼女は居住まいを正し、自己紹介を始める。
「私はリベルテ・セレスタイトと申します。今は一人旅の途中で、一月ほど前からこの町に滞在させていただいています」
リベルテと名乗った銀髪の少女は、純白のロングスカートの裾を優しく持ち上げながら小さくお辞儀をした。
その所作はまるでどこかの令嬢を思わせるほど流麗で、海人は思わず惚けた表情を浮かべていた。
「……とても綺麗な挨拶だね。そういうのに疎い俺でも分かるくらいで、良い家の出なのかなって思ったよ」
「そ、そんな……! ただ少しだけ裕福な家で育っただけです。けれど父の言いつけでこの旅をしているので、少し複雑な気持ちですが……」
謙遜するように両手を左右に振ったリベルテだったが、言葉の後半から気落ちした様に目線を足元に落とした。
「ご、ごめん! 話したくないのであれば聞かないから大丈夫!」
「ふふ、カイトくんは優しいんですね。さっきのお願い、私でよければお引き受けしますよ」
「ホントに!? 良かった~。この世界に来て知り合いなんているはずも無いし、コミュ障の俺には他人に声をかけるなんて出来なかったと思うから……」
「ふふっ……! ではこの世界についてお話ししながら街を回りましょうか」
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