第12話 成長
それからというもの、少年は氷細工を作る訓練に明け暮れた。
師匠のようにうまく猫は作れないが、そこらに生えている野草の形をまねできるようにはなってきた。
「お、またステューデルじゃねえか。おまえ、朝たらふく食ったくせにそんなに腹が減ってんのか……?」
男はぐるぐると渦巻いたその氷細工を持って、あからさまに引いた表情を見せる。
少年は今朝、このスープうまいなと言いながら三杯もお替りした師匠のことを思い出していった。
「違いますよ! 特徴的だからイメージしやすいんです! あと三杯も食べた師匠に言われたくない!」
「なーんだ。あれうまかったから頻度上げてくれよな」
「今にぶくぶく太っても知りませんからね……」
小言を言う少年の言葉には耳を貸さず男は持っていた袋から何かを取り出そうとしている。
「それなんですか……って動いてる! なんですかそれ⁉」
「あーお前がうまく想像できないみたいだから捕まえてきた。これでよく見れるだろ」
そういって師匠は袋から茶色いウサギを取り出す。
袋から出た瞬間、ウサギは思いっきり師匠のみぞおちに強力な蹴りを喰らわせると勢いよく飛び出した。
一目散に林の方角へとかけていく。
「あの、逃げちゃいますけど」
「大丈夫だ」
男の言葉通りウサギは遺跡の広場から出るタイミングで何かに頭をぶつけて転んだ。
まるで見えない壁があるようだ。
師匠のほうを見ると得意げな顔をしている。この人の仕業だろう。
「夕飯を逃がすわけないだろ」
「うわぁ……」
少年は不思議そうに見えない壁の辺りをうろつくウサギを不憫に思ったが、こうなったら師匠は頑として譲らないだろう。
少年はこのウサギ以外に自分の訓練の犠牲を出さないために、再び氷細工を作る練習を始めたのだった。
ウサギの造形はやはり今まで作っていた植物などよりもとても複雑だった。
頭と胴体、手足、尻尾、そして特徴的な大きな耳。
ウサギはもっとよく見たいと追いかける少年をあざ笑うように広場内を駆け回っていた。
「はあ……疲れた」
水を飲みながらぼーっとウサギを眺めていると、それが歩いているときに偶然蹴飛ばした石が少年の足元まで転がってきた。
石を見ると、ウサギが蹴飛ばした所から少年の足元まで、ところどころ白い軌跡のようなものがついている。
「これ、書けるのかな」
ラウルは転がってきた石を拾って広場の床に擦り付けてみた。
思った通りだ。この石でウサギを描いて、それからゆっくり想像すればいい。
我ながらいい考えだと思って師匠のほうを見ると、いびきをかいて寝ていた。
小さなため息をつきながら少年は床にウサギを描き写し始めたのだった。
描き写し作戦が功を奏したのか、少年が作り出す氷細工のウサギは、大方その形を保てるようになってきた。
「よーし、だいぶ良くなったんじゃないですか! 師匠!」
寝ている師匠をたたき起こす。
師匠は眠そうな目をこすって立ち上がった。
それが出来上がった頃には陽が落ちる寸前で、もう屋敷に戻らねばならない頃だった。
「どれどれ。なんだそのへたくそな落書き」
「これは気にしないでください!」
師匠が髭をいじりながら近づいてくる。
氷細工よりも少年の描き写したウサギのほうが気になる様子だが、ふむふむと思案するように頷く。
少し不格好だが何とかウサギだとはわかるその氷細工に、師匠が言った。
「よし、明日からは別の訓練をするぞ」
長かったこの訓練に嫌気がさしていた少年は素直に喜ぶ。
「よし、じゃあ今日はごちそうだ!」
師匠がウサギを掴みながら満面の笑みでそういった。
ウサギを最後まで残さずおいしく頂いた翌日、男と少年は再び遺跡の広場まで訪れていた。
今日は師匠がうごめく袋を持っていないことを確認し安堵してから、少年は師匠に向かい合った。
「今日からは他の魔法も使えるようにしよう」
「他の魔法?」
「氷の魔法でお前の街のみんなが元に戻ると思うか?」
「あ、いや……」
「だろ? だから、他の魔法も練習する。最も、炎の魔法が出せれば一番いいんだがな」
相変わらず、いくらやっても炎の魔法は発動したことがなかった。
「だめですね。やっぱりどうしても集中できないです」
「そうだよな。まあ、急がば回れだ。他の魔法からやってみよう。まずは、氷に近いものから。水を生み出す魔法だ」
「水かあ。名前は?」
「エーフヴィ・ヴァッサーだ。やってみろ」
頷いて少年は目をつむる。
氷を作った時のように小さな水の塊を想像する。
「エーフヴィ・ヴァッサー!」
手のひらから力が移動していく感覚。
目を開くと少年の手のひらの上に小さな水の塊が生み出されていた。
「やった! 一度でできましたよ!」
「氷で慣れたんだな。どれ、あと二つ教えるからそれもやってみろ。一つは雷……電撃を生み出す魔法。エーフビィ・ドナー。後は風を生み出す魔法。エーフビィ・ヴィントだ」
「雷、ドナーと、風、ヴィントですね。わかりました」
少年はまず、雷のほうを試してみた。天気の悪い日に外を眺めているときに見た雷光を思い出す。
「エーフヴィ・ドナー!」
魔法を出した感覚はあったが、その轟音に驚いてしりもちをついた。
「いったた……ちゃんと出てましたか?」
「ああ、音のわりに小さいのがでてた」
「ええ~」
師匠は少年の反応を見て口の端を緩める。
「じゃあ、風もやってみますからね。見ててくださいよ」
風、風……風ってどんなものだったか。
「目に見えない風を想像することができないんですけど、どうしたらいいですか?」
「ああ、絶対言うと思った。風はな、それが通り過ぎた時に起こることを想像するといいぞ。風が吹いたら、木が揺れたり、布がはためいたりするだろ。あんな感じだ」
「なるほど……」
「じゃあここにある木の葉を舞い上げてみろ。それを想像すればうまくいくはずだ」
そういって男は近くにあった木の葉を少年の足元に置いた。
「じゃあ行きますよ。……エーフヴィ・ヴィント!」
木の葉は一向に動かない。
「練習だな。他の二つも氷ぐらい使えるようにしとけ。そこまでできたら次の訓練だ。気を抜くなよ」
他の魔法の訓練も始めてからそこそこの月日が経った頃。
「よし! 風の魔法もだいぶできるようになってきた!」
しかし、どれも形はできるがうまく動かすにはまだ難しい。
動かすという点では風の魔法のほうが簡単だった。風が通ったことによって動くものを想像すればいいからだ。
逆に見える物を動かす氷や水、雷の魔法は、まずどんな形のものを作るかというところから考えるため、動かすとなると二つ同時に想像しなければならないのだった。
師匠が言うには、生み出したものがどこにあってほしいのかをちゃんと想像することが重要らしい。魔法というのはつくづく一に想像、二に想像だ。
風の魔法を少し休憩して再び動かすのに苦戦している氷の魔法に戻った少年を見かねて、師匠が口を開いた。
「ほんとにおまえは想像力に乏しいな。想像ができないなら、真似るのでもいい。ほら」
そう言って師匠が投げて寄越した石をみて少年は首を傾げる。
「あの塀に向かって投げてみろ。その動きをよく覚えとけ」
少年は言われた通り思いっきり石を投げ飛ばした。
石はまっすぐ塀にぶつかり、ぶつかった石は反動でこちらに少し跳ね飛び、床に転がった。
「そうそれ、ぶつかるところまででいい。その動きを想像して氷を作れるんだ」
師匠の言うとおりにすると、氷は少年の手の前で生成され、そして岩に当たる前に溶けるように消えてしまった。
「あ! こういうことか!」
「そう、それが魔法を操るってことだ。まだ全然なってないが。まぁ、繰り返してやることだな」
そうして、少年は魔法を自在に操る訓練を始めたのだった。
想像する。
大きな氷だ。岩くらいの大きさ。
「エーフビィ・アイジィ」
落ち着いて、それを自分の眼前に出現させる。
出現させたものをゆっくりと前に進めた。
塀にぶつかるイメージ。石が飛んでいくように、勢いよく氷の塊を動かす想像をする。
やがて、氷の塊が塀にぶつかり、勢いが弱まる。
その形を崩さないように、さらに塀に近づけた。
塀の一部が音を鳴らして、そして、崩れた。
形を失った氷が陽に煌めいて溶けた。
ラウルは息が上がりながら、遺跡の床にへたり込んだ。
大きい魔法を使うと体力を使う。
師匠はたまに氷や炎、風の魔法を同時に使っていることがあるが、あんなことをしても涼しい顔をしているが、彼の体力は無尽蔵なのだろうか。
疲れ切った彼が少し休もうと遺跡近くにある池まで来て顔を洗うと、水面に少年の顔が映り込む。
この生活を始めた時よりも、かなり大人びた顔。あの頃のひ弱な少年はそこにはいなかった。
そういえば、もう何年も髪を切っていなかった。
洗っただけの手入れをしていないその髪はぼさぼさで、かなり邪魔だ。
ふと、師匠が長い髪を一つに結んでいることを思い出した。
近くにあった草のツルを手に取って、髪を結んだ。不格好だが。少しは動きやすい。
前髪は切ったほうがいいな。帰ったら屋敷に道具がないか探してみよう。
そう思って青年になった少年は立ち上がる。
屋敷を目指す青年の一つにまとめた髪が、風に揺れた。
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