第6話 身を守る術
かくして、獣や魔物から身を守る術を会得する修業が始まった。
「一つ目は、見つからないことだ」
「簡単に言いますけど、どうすればいいんですか?」
ラウルは不思議そうに首をかしげ、マントの留め具をいじる。
「いくつか守るべき事がある。まず、野生の動物はわざわざ自分の命が脅かされるような危険を犯さない。人間がいるということが分かれば、彼らは滅多なことでは近づいてこないんだ。だからなるべく、音を立てながら動く。杖を持っていくといい」
「でも、魔物は僕らを見かけると近づいてきますよね? それだと魔物をおびき寄せることになるんじゃないですか」
「そう、だから見つからないことが大事なんだ。彼らは何で人間を探していると思う?」
急な問いに、少年はくちごもる。なんだろうか。
「さっき言ってた音とか?」
「ああ、だが他にもある。あいつらは人間の匂いを嗅ぎ分ける。風が吹いていたら、なるべく吹いているほうに向かえ。風下に向かうんだ」
「風下に向かうと、何かいいことがあるんですか?」
どうしてかと問う少年に、ウォレスは笑いながら暖炉に火をつけた。
「風は風上から風下に流れる。匂いは風に乗って運ばれるから、風上に立つと、風下にいる魔物に匂いが知られやすくなる。だからなるべく風下にいたほうがいいんだよ。これは獣から身を守るためにも使える」
炎が灯った薪がぱちぱちと音を立てる。
「なるほど……」
感心する少年に、薪をいじりながら男は続けた。
「後は、魔法を使わないことも重要だ。奴らは魔物というだけあって魔力に多少なりとも反応を見せる。魔物除けが張ることができれば大丈夫だが、それは移動中には使えない。まあ、お前は魔法が使えないから、大丈夫だとは思うけどな」
「僕だって使えるかもしれないじゃないですか」
「見たことないからなあ」
ラウルは少し不貞腐れたように膝を抱えたが、彼が魔法を使えないのは事実だった。
「あと、魔宝石も持っていかないほうがいいな、あれ、魔力漏れてるから」
「え? ずっとこれ持ってた……」
ラウルが取り出したのは一番上の兄から貰った魔宝石付きの指輪だった。
指に付けるのは性に合わないので銀製のチェーンを通して首にかけていたものだ。
赤い魔宝石が焚火の光を反射して煌めく。
「あーそれだったのか。やったらお前魔物が向かって行くと思ったら。一人で外に行くときは置いてけ」
「だからそういうことは早くいってくださいって……」
あきれたように少年は首に下げていた指輪を外して屋敷に置いている道具袋に入れた。
「よし、それでいい。そしたら二つ目は、焦らないことだ」
「焦らない……」
「これは慣れないと難しいかもな。でも、野生の獣や魔物に出会ったときに急に逃げたりするのはかえって相手を刺激して逆効果になる。出会ったら合った目を絶対に逸らすな」
そういって男は少年の目を見つめた。
ラウルは耐えきれなくなって目を逸らす。
「はい今食われたぞ」
男はおかしそうに茶化す。
「だって面白すぎるんですもん」
「獣は本気だからな。舐めるなよ~」
「外ではもっと緊張感ありますよ! で、他に出会ったときに大事なこととかあるんですか?」
「そうだな。近づかないことも大事だ。出会ったときはまず目を逸らさずにゆっくりと離れるんだ。人間を襲う獣は大抵縄張りを侵されたり、近くに子供がいることが多い。彼らのテリトリーからいかに刺激しないで出ていくかが大事だ」
「そっか、彼らは滅多なことでは危険に近づかないんですもんね。でもそれだと、見つけると襲い掛かってくる魔物には対抗できませんよね?」
「ああ、だから三つめは、対抗する武器を持っていることが大事だ」
「武器かあ」
考え込むラウルに背を向け、男は暖炉に向かって何かをしている。
「って、何してるんですか?」
「……」
「師匠?」
ラウルが立ち上がってのぞき込むと、彼は暖炉の炎に短剣のようなものをかざしていた。
「よしできた! これこれ。これが武器」
彼が見せたのは何の変哲もない鋼製の短剣だ。こんなのでどう魔物と戦えというのか。
「今俺の炎の魔法を込めといた。魔力を隠す魔法陣を彫ってあるから、魔力が漏れることもない。これで一回だけだが、魔物を焼き尽くす魔法が使える。もし襲い掛かられたらこいつを放って全力で逃げてこい」
「雑じゃないですか⁉ 対抗する武器というか、逃げるための目くらましというか」
「そうともいうな。結局は逃げるのが大事。戦おうなんて考えるな」
悪びれもなく笑う師匠に、短剣を受け取ったラウルは小さなため息をついた。
「というか、武器に魔法を込めるなんてことできるんですか? 聞いたことない……」
小さくつぶやいた語尾をウォレスは聞き逃さなかった。
「俺を疑うのかあ? 世の中にはな、魔法銃ってもんがあるんだ。それとおんなじさ」
「あー、それなら聞いたことあるようなないような」
「あるんだよ! まあ今のお前には難しい話だろうからな。まあここまでいろいろ話したが、あとは慣れだ。やってみるのが大事だな。ということで明日からは一人で行ってこい」
「死んだらどうするんですか⁉」
死んだらお前が弱かったってことだと笑う男を少年は恨めしそうに見上げたが、男は笑うばかりで少年の視線に気づかない。
おかしそうに薪をくべる彼を見ながら、少年は二つ目のため息をついたのだった。
そうして、ラウルはひとりで屋敷から一番近い林にやってきていた。
ここまでくる間に、魔物はいなかったが、獣はいくらか見かけた。しかし師匠が言っていたように音を鳴らしながら歩くと、獣のほうが近寄ってくることはなさそうだった。
二回目に師匠に助けられた時のことがあるため一人で来るのはとても怖かったが、これなら大丈夫そうだ。
少年は目星をつけたところにたどり着くと野草を積み始めた。
食べられるものはこれまでの経験で大方わかり始めていた。
必要なものを袋に入れていき、ある程度溜まってきたころ、不意にラウルは口を開く。
「師匠、これは?」
自分の声を聞いて少年はハッとする。
師匠は今日来ていないんだった。また自分以外の人に頼ろうとした自分に落ち込んだ。
手に持った植物を見て、本当に分からなかったかどうかを考えた。
「あ、これは食べれる奴だ」
不安なものは帰ってからまた確認すればいい。そう思って少年は作業を続けていく。
不意に、動くものがあった。
音は立て続けていたため、獣ではなさそうだ。
風で草が揺れただけだと思いたいが、どうだろうか。
揺れた場所から目を離さぬようにしながら持っていた野草をしまって口を閉じる。
ゆっくりと師匠がくれた短剣に手を伸ばしてゆっくりと構える。
再び、草が揺れた。
何かが飛び出してくる。
短剣の先を向けた少年は出てきたものをみて安堵する。
小さな野うさぎが、少年のほうを一瞥して去っていった。
そんな経験を繰り返すうちに、ラウルは一人で野草を取りかえってくる技術を会得していったのだった。
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