その19 因縁
教養塔一階にある何もない教室で、ソフィアは入口に背を向ける格好で椅子に座り、外を眺めていた。
窓の外には校門や花壇があって、この教養塔が校舎の正面に位置することがわかる。
「白妙純心学園、ね……」
綾乃が目指す、式だとか、そういったものは関係ない「普通の学校」。
登下校する生徒達が、視線の先にある校門を行き来する様子を想像してみた。
自分も、桜子と並んで登校したりするのだろうか?
ソフィアの知りうる限りで、式持と式無の生徒が混在している学校は、ない。
せいぜい、同じ学校法人が式持向けの学校と式無向けの学校を運営している程度だろう。
もし、両者を一緒くたにした学校を創ったならば、最初のうちはトラブルが絶えないだろう。多少なりとも力任せに、強引にやっていくことが必要になってくるはずだ。
と、そこまで考えて苦笑した。
つい先日まではこの校舎をこれからどうやって支配していくのか、番長派だの裏番長だのと、くだらない足の引っ張り合いに腐心していたというのに、今では白妙純心学園の思想に、未来を見ている。
本郷家。本郷綾乃、本郷麻琴。そして、真壁優作。
その三人には、まだ見ぬ未来を信じさせるだけの説得力があった。
光を見失っていない。
何より、光を失っていない。
うっすらと窓に映った顔を見て、悪くないな、と思った。
裏番長と呼ばれていたときとの張りつめた緊張感ではなく、決して弛緩してしまったわけではない、心の余裕のようなものがあった。
だから、教室の外から足音と悪態が近づいてきても、動揺はなかった。
「もうカラスなんぞにかまっていられるか! 学校を滅茶苦茶にするとか言いながら、テレビ集めだあ!? バカかっ! バカかバカかバカかぁ! 本郷家なんて知ったことか。ソフィアを殺す! もう殺す! そんでとんずらキメてやるよ、バーカぁ!」
教室の扉が二、三度、どしんどしんと震えたあと、斜めに切り裂かれて破壊された。
ソフィアは微動だにしない。
振り向かずとも稲田なのはわかっていたし、遅かれ早かれ稲田が来るだろうと思っていた。
あれだけ大騒ぎして入ってきたのに、急に静かになって教室に入ると足音を殺しながら移動してくるのが可笑しくて、笑ってしまった。
稲田はソフィアの背後で一度止まって、間合いを確認しているようだった。自分の剣が届く範囲で、ソフィアの攻撃範囲の外に立つ。
稲田は欲望丸出しのバカだったが、こういうことを本能的にやってのけるからやっかいだった。
そして、剣の紅い光が窓に反射した。
「まったく……。お前は意識を失ってなきゃ女を襲うこともできないのかい? 稲田!」
ゆっくりと立ち上がって振り返ると、稲田は後ろに跳んで距離をとった。
「ちっ……起きてたのか」
稲田の顔はやつれ、長くつやのあった髪はぼさぼさになり、自慢の白ランはもうない。今は黒ずんで汚れたカッターシャツを着ているだけだった。
女をはべらせていた面影は、もうない。
感情にまかせて力を使いまくる。一見、戦術などないような戦い方に見えて、ここぞというときに相手の嫌がることをきっちりやってくる稲田のような相手は、能力で圧倒しているとはいえ、ソフィアにとってやりづらい相手だった。
けど、今日はやれる。
心が軽い。
余裕もある。
身構えた瞬間、もう一つの足音が近づいてきて、見慣れた顔が教室に飛び込んできた。
「ソフィアっ! よかった……無事なのね」
「桜子っ! 来るんじゃない!」
「きゃっ!」
桜子はソフィアの無事を確認して安堵したあと、すぐに稲田の存在に気が付いたが、もう手遅れだった。
後ろから稲田に腕を締め上げられ、剣を突きつけられた。
「ははははははっ! バァカがぁ! 助けに来て人質になってりゃ世話ないなァ! えぇ?」
「うくっ……」
「なあ秦野ォ……わかってるよなぁ? 僕に逆らうんじゃないぞ、僕の言うことを聞けよ?」
桜子が教室に飛び込んできたときはさすがに動揺したが、稲田の行為があまりにも予想通りだったため、幾分余裕を取り戻した。
なにより、捕まっている桜子の表情が、苦痛に歪みながらも闘志を失ってはいなかった。
今のソフィアと桜子の間に、言葉は必要なかった。「言うことを聞くから離せ」「自分のことは構うな」なんてやり取りは愚の骨頂。
多くの情報量を、一瞬で、視線だけでやりとりできるのは、自分と桜子だけだという自負が、ソフィアにはあった。
人を傷つけることしかできない自分の式より、よっぽど不思議で切実な能力だ。
ああ、桜子。お前も、白妙純心学園に未来を見たのか。
「よぉし、秦野ォ……今からゆっくりと服を脱げ。いいか、変な真似をしたらこいつの首と体が分離するからなぁ!」
言われてソフィアは一度肩をすくめたあと、やれやれといった風にまず長ランを脱いだ。
「な、なにやってんだよ、次は下だ! 裸になるんだよ! ストリップショーを見せろって言ってんだよ、秦野ォ!」
ソフィアは自分の身長ほどもある長ランを両手で目いっぱい広げた。
そして、生地が破れないように力を加減し、衝撃波で長ランを打ち出した。
「はあっ!? うぶっ!」
長ランは桜子ごと稲田の顔を覆い隠した。
ソフィアはすぐさま得意の衝撃波を利用した跳躍で、桜子と稲田に迫る。
だが、すぐに桜子を助け出すことはせず、ソフィアは桜子の腹部に両手をあてがい、桜子ごと稲田を吹き飛ばした。
桜子へは左手で吹き飛ぶ衝撃派を。
右手で打ち出した体にダメージを与える大きな衝撃は、桜子の体を通り抜け、密着した稲田の体で収束するように打ち出す。
本郷家のスキャンを欺くほどに式の出力を微調整できるソフィアの技術と、桜子の頑丈さ、そして二人の信頼関係が成せる技だった。
「うごっ! げはあ……」
桜子と壁の間に挟まれ、稲田はうめき声を上げ、ズルズルと床に崩れ落ちた。
対して桜子は、多少メイド服とタイツが破れたものの、何事もなかったようにソフィアの元へ歩み寄る。
「稲田。これが最後通告だよ。今なら見逃してやる。さっさと失せな。この校舎で間もなく創立する『普通の学校』にお前の居場所はないよ」
稲田は衝撃波をまともに食らい、着ていた服がボロボロになっていた。
「は、ハァ!? なぁにが『普通の学校』だ! 僕らは特別なんだ! そんなものは僕がぁ――」
稲田の言葉を遮ったのは三度の銃声だった。
桜子がスカートをまくりあげ、腿にくくりつけた拳銃で稲田の振り上げた右手に式弾を三発、命中させた。
「あっ……あがッ……この、よくも……」
「私もこの数日間、本郷家に保護されてから遊んでいたわけではありません。少々銃の扱いなどを教わりましてね」
桜子の構える銃口が、ぴたりと稲田をポイントしている。
「こ、こんのォ!」
稲田は回り込むような動きで、身を低くしながら桜子とソフィアに迫る。
式弾を三発撃ち込まれてもこの身のこなしができる稲田に、さすがの二人も一瞬だけ焦りと見せたが、そこまでだった。
稲田が下から振り上げるように右手を振ったが、赤く発光するだけで、剣はおろか、爪さえも発現できなくなっていた。
「なっ……なんでッ!?」
稲田はすぐに後方へ跳んだが、脚がもつれて尻餅をついた。
「式弾を受けて何の問題もなく式を出せると思いましたか? 普通の式ならかすっただけで気絶するのが式弾です。式弾の原理を勉強すれば、発動部位に式弾を受けることが致命的であることに気が付くはず。稲田、お前は強い。けどバカなのです」
「ひっ! いぎっ!」
「バカなのです……救えないほど」
桜子は稲田の髪を掴んで無理矢理立ち上がらせると腹部に足刀蹴りを放ち、稲田は床を転がった。
「この蹴りも本郷家で教わりましてね」
桜子はゆっくりと稲田に迫りながら、拳銃のセレクターをフルオートに切り替えた。
「さて、お前は式弾の耐性が高いようですが、いつまでも耐えられるというわけでもないでしょう。何発で失神するか試してみましょう」
再度桜子が稲田に銃口を向けた。その所作に、淀みはない。
「いっ……いやああああああああああああああああああああああ!」
稲田は涙目になりながら、右に左に激突しながら逃げて行った。
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