その16 再会

 カラスに案内された部屋は、普通の教室の三分の二程度の広さしかない、元々は資料室か何かで使われていたような部屋だった。

 室内にある物といえば、パイプ椅子が二脚とメタルラックだけなのだが、そのラックが異様だった。

 店舗で商品がディスプレイされているような三段構成ラックの上二段にびっしりと大小様々な液晶テレビが並び、支柱の部分にはモニターアームでテレビが取り付けられていた。

 その数全部で十五台。まるでテレビのお化けだった。

 そして、全ての画面は、同じチャンネルを映し出していた。


「おい……これは……」


 この程度のおかしな真似をしてくるのは想定内だったが、カラスの表情が想定外だった。

 真剣な眼差しでテレビの一つに見入っていた。


「始まんで」


 全てのテレビで映し出されていたのは、春の甲子園だった。

 優作とカラスが見つめる中プレイがかかり、試合開始のサイレンが鳴り響いた。

 マウンド上の投手が第一球を投じ、打球がファウルボールになったのを確認してから、カラスはやっと椅子に座った。


「さ、俺らも始めよか。座らへんの? 別に椅子に爆弾なんか仕掛けてへんて。んなことしたら俺も死んでまうがな」

「これは何の真似だ?」

「ああ、テレビ? 舞台装置みたいなもんかな。演出や、演出。俺らの話をするうえで重要やねん」

「さっきオレが窓から叫んだとき、『さすが元野球少年や』って言ったな。オレのこと、どこまで知ってやがる」

「本郷家に保護される前のことは、だいたい知っとるよ」

「お前……まさか、あの組織の関係者なのか?」

「まあ、真壁クンと似たような意味での関係者ではあるんやけどね。とりあえず座らへん? お茶も出さんと申し訳ないけど」


 カラスからは今の所殺気のようなものは感じない。本当に優作と話がしたいだけで、やり合う気はないらしい。少なくとも今のとこと、は。

 気を削がれた優作は肩をすくめて大きく息を吐いた。


「いいのかよ、武装解除とかさせなくて」

「せんよ、そんなこと。自分の置かれてる状況が理解できとる真壁クンは、そんな愚かなことはせえへんもん」

「ソフィアは無事なんだろうな」


 向こうのペースに乗ってやる前に、これだけは確認しておかなければならないことだった。


「もちろん。もし何かあったら渡り廊下で待機しとる方々に突入してきてもらってもかまへんよ」


 そこまで確認して、ようやく椅子に座った。座ってやった。カラスは満足そうだった。


「さて、何から話したもんかな。真壁クン、中一までボーイズリーグで野球やっとったんやろ? 垂水 十夜たるみ とおやって選手、覚えとる?」

「いや……知らないな。っつーか、小学生まで相手選手のことをいちいち意識してなかったし、中学入ってから一年で辞めたからなあ……」

「そうか。覚えてへんか。まあ、真壁クンはどえらい投手やったからなあ。いちいち覚えてへんか」

「まあな。けど、怪我した後はお前の知ってる通りだ。お前もあの組織で何かされたクチなんだろ? 明らかに右腕の方が長いよな」


 いきなり核心に迫ったが、カラスは何とも思っていないようだった。


「ああ、これな。俺は真壁クンが本郷家に保護されたみたいに、きっちりやってくれる組織に拾ってもらえへんかったからな、ほら、雑な仕事やろ?」


 カラスはジャージの袖をめくり上げると、肩と肘の間が異様に長く、二の腕のあたりに縫合したような跡が残っていた。

 今は自分の右腕を取ったり着けたりしている身だ。カラスの体がまともではないことは綾乃も言っていたので、今更そんなものを見たところで驚きもしなかったが、その腕。

 特に、肘から先を見ていると、次第に変な気分になってきた。

 不気味とか、気持ち悪いとか、そんな言葉で説明できるものとは全く異質の感情だった。

 そして、カラスの言葉で、その感情の原因がわかり、凍り付いた。


「この腕、真壁クンのやで」

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