閑話 影と呼ばれた女・タマラ後編
タマラはラピドゥフルに難なく、潜入することに成功した。
彼女の影としての能力が優れていたことも大きい。
だが、多分にハーフ・ダークエルフという出自が大きく影響していたことは否めないだろう。
ラピドゥフルは良くも悪くも権利にうるさい国である。
権利を守ると掲げている以上、虐げれた民であるタマラへの警戒が緩んでいなかったとは言い切れない。
かくして、すんなりと難民という形で懐に潜り込んだタマラは標的である人物への接近も難なく、やり遂げた。
それも身近に仕える弟子という立場で。
ニクス・アンプルスアゲルは非常に懐の広い男だった。
彼は多くの弟子を抱える師として、その名を広く知られていたのだ。
だが、その屋敷に留まることを許された内弟子は片手の数しかいない。
貴重な内弟子の枠をラピドゥフル人ではない異国の人間が占めている。
トリフルーメの王子モデスト。
そして、タマラである。
この妙なアンバランスさこそ、ニクスという不世出の男の魅力でもあった。
「また、根を詰めているようだな」
「はい。新参者ですので努力しないと追いつけません」
「休め。これは師の命だ。よいな」
「……畏まりました」
寝る間も惜しんで魔法の習得に明け暮れるタマラを見て、それとなく声を掛けた。
一切、感情を込めない冷徹な声ではあっても声を掛けられた方はそこに込められた慈しみと優しい心を知っている。
実際、ニクスは弟子に愛された男でもあった。
それは彼の命を奪いにきたタマラも例外ではなかった。
彼の傍にいることでニクスという男を知ってしまったからだ。
時に冷徹な判断を下しながらもその実、弱き者を守ろうと手を回す高潔な義心と慈愛の心を知ってしまったからだ。
タマラの中でいつしかニクスという師への愛ではなく、ニクスという一人の男を愛する心が生まれてしまった。
彼らの見せた愛は見せかけだけのうわっつらのものだった。
ニクスは上辺ではなく、本当に自分のことを愛してくれる。
そのことに気づいたタマラは祖国への忠義と自らの愛の狭間で揺れ動いた。
そして、決めた。
自らの命を捧げ、愛する人を助けようと……。
しかし、ニクスは全てを知っていた。
タマラがスキアという名の腕利きの暗殺者であり、その背後にラピドゥフルを狙うエンディア王ノエルがいることを。
知っていながら、彼はタマラという一人の女性を愛し、信じた。
そこで一芝居を打つことにした。
それがモデストとセラフィナの婚約式とほぼ同時刻に起きていた事件の真相だった。
毒により死んだふりをして、タマラの心の引っかかりでもあった祖国との繋がりを断つという自らの命を懸けた大芝居でもあったのだ。
タマラはニクスが生きていたことに安堵し、死のうと考えていた。
愛する師の手で死ぬのが本望であるとさえ、思っていた。
しかし、元より、師と弟子である。
ニクスの魔法力は常人のそれではない。
タマラがいかに腕利きの暗殺者で一流の魔導師であっても太刀打ち出来るような相手ではなかったのだ。
タマラは一瞬でニクスの
彼女が再び、目を覚ました時、最初に飛び込んできた情景は愛する男が穏やかに微笑みかける姿だった。
表向き、タマラという人間は死んだことになっている。
だが、彼女のことをよく知る者には分かっていた。
屋敷で療養するニクスの傍らで穏やかな微笑みを浮かべる美しい女性が誰かということを……。
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