第56話 悪妻、決意する
あの衝撃の初夜から、三ヶ月。
結婚式を挙げてないから、誓いの口付けを交わしていないんだけど、未だに無理なのだ。
私も多少は歩み寄ろうと思って、努力はしたよ?
でも、モデストの顔が目の前に近付いてくると反射的に平手打ちをしてしまうのだ。
もしかして、病なのかもしれないと医者に相談しても『そういうこともありますな』と何だか、生温かい視線を向けられた。
ただ、相当に痛かったんだろう。
モデストもさすがに懲りたのか、無理に迫ってくることはなくなった。
超えられない壁は不可侵の壁として、三ヶ月健在である!。
私もあのグニャとしたものを潰すような変な感覚を何度も味わいたくはない。
十四歳なんだから、もう少し我慢をすればいいのよ。
飛び級で卒業したって、それは学業だけの話じゃない?
『清く正しく』は学園を卒業するまでだから、あと二年くらいは我慢してもらいたいわ。
やりたいあまりに他で種を蒔く恐れもあるけど、私に実害がなければ、放っておこう。
下手に嫉妬した結果、さらに遠ざけられたのが前世の私なのだ。
そんな私生活なので、それなりに大変な日々が続いている。
それに加えて、公務という重責も担っているから、気の休まる暇がないのだ。
実務に関しては大部分をステルーノ卿が受け持ってくれてるんだけど、決済する書類が増えた。
それというのも連日のように入隊希望者が殺到するのでその整理だけで日が暮れてしまうのだ。
人員不足に悩んでいたのが嘘みたい。
頭を悩ますことばかりでストレスが溜まってる気がする。
そんな私のストレス発散法はシルビアとアリーとの魔法通信だ。
実家とナル姉のところにも通信用の魔道具を送っておいたから、近いうちに参加してくれるだろう。
「セナのところは大変なのね」
「でもさ、変な性癖に目覚めなくてよかったね」
「変な性癖って何?」
シルビアのところは学園時代から、溺愛振りが有名だった。
卒業して、正式に結婚してからはそれに拍車がかかったらしい。
ちょっと頬がこけたみたいで心配したら、どうやらそういうことらしい。
愛されすぎるというのも大変なようだ。
「セナに痛いことをされるのが癖になったりしたら、面倒じゃない?」
「何ですの、それ? 変態ですわよ」
「それは嫌ね。余計に気持ち悪くなるわ」
『もっと蹴ってくれないか』とだらしのない顔で迫って来るモデストを想像してみる。
吐き気が込み上げてきた、やめよう。
そんなモデストのなら、本気であそこを粉砕出来そうだし。
アリーはあんなことを口にする割にやっと口付けを交わしただけなのだ。
初心すぎて、かわいい。
シルビアは来年には赤ちゃんを抱っこしてそうだけど、アリーはあれだと当分、先になりそうね。
私も人のことは言えない立場にあるけど。
口付けすら、まだなんだし。
三人で直接、会えないのは寂しいけど、こうしてお喋りしてるだけで学園時代を思い出せるから、心が癒されるのだ。
そして、守りたいと思う。
前世の記憶を思い出した時、私はただ自分が死にたくない。
それだけの一心だった。
それだけを目標に無駄な努力をしていた気がする。
でも、今は違う。
この平和を乱したくない。
戦乱の世にしたら、いけないわ。
「ごきげんよう、皆様」
「またね!」
幸せに満ちた顔の二人と別れ、ただ静かに夕焼けの空を見つめていると不意に慌てたように扉をノックする音が響いた。
その不穏な音が私の心をかき乱す。
「セナ! 大変なことが起きた。すぐに来てくれ」
モデストが私の部屋を訪れることはまず、ないのだ。
私が彼の部屋を訪れることもない。
私的な空間を互いに干渉し合わないというのが約束だったから。
そのモデストが息を切らせ、切羽詰まった表情をして、自らやって来たのだ。
やはり、起こったのね。
私は知っていた。
前世でも同じことが起きていたからだ。
でも、おかしいわね。
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