第54話 悪妻、磨かれる

 とても気まずい。

 何でこんなに広いテーブルで隣あって、食べる必要があるのかしら?

 不思議でしょうがないんだけど。

 おまけにチラチラとこちらを窺うようなモデストの態度。

 たくさん食べようと思ったから、ノエミに手伝ってもらって、コルセットを外して楽になったのよ?

 食べる気満々で来たはずなのにそうじゃなくなってる


「き、き、君に任せてよかったと思う」


 いつも以上にモデストの緊張してる度合いが酷い気がする。

 そんなに私が嫌いなの?

 私はそこまで嫌いではないのよ?

 だからって、好きでもないけど。

 前世ではあなたのことを好きで好きでたまらなかったのに裏切られたんだもん。

 好きになれる理由があると思う?

 殺されても好きだなんて、考えられるほどにわたしは器用じゃないの。


「ハイ。良かったデスネ」


 あちらの態度がおかしいのだから、私が片言みたいになったのも大目に見て欲しいものだ。

 冒険者としてはそこそこ、出来るようになったと思う。

 『風の聖女』なんて、呼ばれるようになった私だ。

 ちなみにシルビアも『闇の聖女』。

 アリーは『光の聖女』なんて、呼ばれるようになってるのだから、聖女の大安売りでもされたのだろうか。


 だけど、騎士団長はないわね。

 いくら王族の血を引く、貴族令嬢でも出来ることと出来ないことがあると思うのよ。

 翠の騎士団が名だけの騎士団で冒険者の寄せ集めに近い集団だったから、どうにかなっただけじゃないだろうか。

 偶々じゃないの?

 だいたい、魔法使いを軽視する風潮がそもそもの原因だと思うわ。


 塩対応をするのは自分でも恥ずかしい。

 レタスの葉を口にして、誤魔化すことにしたけど、本当に誤魔化せているのかは怪しい。

 穴が開くくらい見られているのに気付いてしまったからだ。

 モデストは私に気付かれたと思ってないのか、視線を固定したままだけど。

 ええ、そうですか。

 睨みつけるほど、私が嫌いですか?


「と、と、と、ところで今日は……い、い、一緒に寝たいと思うのだが」

「エエ、ソウデスネ」

「い、いいのか!?」


 静かな室内に響き渡るのは彼が勢いよく、立ち上がったせいで倒された椅子の鳴き声。

 そういうのはマナー違反って、習ったよね?

 ん? んんん?

 モデストはさっき、何を言ったの?

 面倒だから、つい塩対応で『YES』って、言ってしまったんだけど。

 彼の慌てぶりと頭から湯気が出てるんじゃないかってくらいに真っ赤なお顔は何?


「何がですか?」

「き、聞いたからな。絶対だからな。来ないと泣くからな」

「は?」


 モデストは言いたいことだけを言うと、食事の途中なのに部屋を出て行った。

 呆然と見送ることになった私だけど、静かに食事がとれてラッキー♪

 心の中ではジャンプをしながら、天に向かってガッツポーズをしていたのは秘密だ。


 ラピドゥフルのような華やかさはないけど、トリフルーメでの食事は実に楽しい。

 素朴な中にしっかりと存在する素材の真の旨味を引き出すような料理の数々を口に出来て、幸せな気分に浸れるのだ。


 しかし、私の幸せ気分はそこまでだった。

 いつもなら、自室に戻ろうとする私に付き従うのはノエミ一人だけ。

 それなのに、今日はえらく人数が多い。


「さぁ、皆さん。お嬢様の支度を」

「「はい」」

「え!?」


 両腕を侍女にがっしりと押さえられた私は引き摺られるように浴場へと連行された。

 令嬢として、それなりに身だしなみに気を付けるように生きてきた。

 だけど、普段は入浴に付き添うのはノエミだけで手入れが大変な髪も洗ってもらうというより、手伝ってもらっている程度に過ぎない。


 それがこの日の『入浴』は勝手が違う。

 連行されてからは私の意思なんて、そっちのけな感じで身ぐるみを剥がされた。

 『心を込めて、磨かせていただきます』と目をキラキラさせたメイドさん部隊にそれはもう丁寧に頭の先から爪先まで洗われた。

 至れり尽くせりで何もしなくても身体まで拭いてくれるもんだから、逆に疲れてしまった。

 お風呂に入るだけで何でこんなにクタクタになってるんだろう。


 おまけに着させてくれたナイトドレスの生地が薄いのだ。

 透けて見えるまではいかないけど、身体のラインがはっきりと見えるから、恥ずかしいことこの上ない。

 下着もなぜか、下しか履かせてくれなかった。

 上はスースーしていて、心許ない。

 ナイトドレスが簡単に脱げるから、油断したら胸が顔を見せてしまいそうだけど、寝るだけだから、いいよね?


「それでは頑張ってください、お嬢様」

「何を……って、ここはもしかして!?」


 一礼するノエミに入室するように促されて、ようやく気付いた。

 ここは国王夫妻の夫婦の部屋じゃない……。

 すっかり忘れてたわ。

 ディナーでのモデストの様子がおかしかったのはこのせいだったのね。


「し、失礼します、旦那様」


 うっかりとナイトドレスが脱げないように手で押さえながら、入室した。

 国王夫妻の部屋が思っていたよりも狭かったことに驚く。

 広さだけなら、王妃の部屋の半分くらいしかない。


 でも、夫婦の部屋として使うだけなら、狭い訳ではないのだろう。

 王妃の部屋が広すぎるかもしれないからだ。

 実家の私室もシルビアやアリーの話では一般的な貴族令嬢の部屋にしては破格の広さなのだと教えられた。

 でも、王妃の部屋はゆうにその倍は広い。

 だから、夫婦の部屋で共有の部屋だし、夜しか使わないのだ。

 これでも十分過ぎる広さに違いない。


 置かれている調度品だけではなく、カーテンや壁紙などの内装も落ち着いたシックなデザインが使用されてる。

 十四歳の夫と十六歳の妻が使うには随分と大人びた部屋のようにも見えるけど、私は十六歳の小娘であって、十六歳じゃないから、この方が落ちつけていいかもしれない。


「あの……旦那様?」

「ほ、ほ、ほんとうにきたー!?」


 モデストは天蓋の付いたキングサイズのベッドの真ん中で膝を抱えて、座っていた。

 国王として式典や執務の時にはしっかりしているのにやっぱり、まだ子供なのかしら?

 そんな彼をちょっとかわいいと思って、油断していた私は男という生物を甘く見ていたのかもしれない。

 前世の初めての閨で起きた一生、忘れたくなる一夜の出来事。

 なぜ、そんな大事なことを忘れてたのよ! 私の馬鹿。

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