第50話 悪妻、対峙する
選んだのは敢えて、モデストにとってはストレスになると予想した色だ。
この色で嫌な記憶を植え付けられるがいい!
前世では小説に出てくる悪役令嬢のイメージ、そのままだった。
金髪で縦ロール。
目つきも悪くて、おまけに口まで悪かったのだ。
素直な気持ちを口に出してはいけない病でも患っていたのかもしれない。
最悪の出会いとして、彼の記憶に強く、残ったはずだ。
当然、薄い桃色がトラウマになっていると思う。
ただ、これは前世の彼へのあてつけに近い。
単なる自己満足と言ってもいいものだ。
何も知らないだろう今世のイディ……モデストにはどう映るのかしら?
意外と少女趣味みたいで可愛いと勘違いされる?
ないわね……。
「お嬢……奥様。髪はこれでよろしいのですか?」
「ええ。第一印象って、大事だわ」
「ですが、下ろされた方がもっと……」
「いいえ、これでいいの」
どうせ、あの男は私の髪に興味なんて、示さないわ。
だから、盛るだけ、無駄なのよ。
どうせよく見ないんだから、アップにしてまとめても気が付かないでしょ。
「では、せめて……アクセサリーで飾るのはいかがでしょうか?」
「お願い。ノエミに任せておけば、うまくいくもの」
実家から出た私だ。
それでも変わらずに侍女として、仕えてくれるノエミだけが唯一の味方と言っていいだろう。
少し、語弊があったかもしれない。
正確には味方はたくさんいる。
身近にはいないと言うべきなのだ。
お父様とお母様は身分としては変わらない侯爵の位をトリフルーメでも賜っている。
新しい領地の運営は試行錯誤の毎日で苦慮してるけど、充実した日々を送っているようだ。
とはいえ、トリフルーメは前国王が暗殺され、政情不安になっていた国。
国土が荒れ放題だっただけに問題は山積されている。
そこに正統な後継者であるモデストがラピドゥフル王国の後ろ盾を得て、帰還した。
若き王の帰還は最後の希望といってもいいのだろう。
荒れ果てた国を立て直そうと皆が燃えているのだ。
だけど、圧倒的に足りないのはそれを推進する優秀な人材だった。
本当はお父様に公爵として、舵取りを頼みたかったようなんだけど。
……断ったのよね。
ラピドゥフルでも面倒だから、公爵を断ったそうだから、そうなるとは思ってたわ。
でも、面倒事が嫌いなだけでお父様は有能な御方。
両者の妥協する着地点として、特に荒廃が酷い場所を領地とした侯爵家が誕生したという訳。
だから、飛び地であちこちに領地があるんだけど、これは面倒じゃなかったのかしら?
まぁ、二人とも若いくせに『隠居生活も案外、楽しい』なんて便りにあった。
お兄様に実務を任せて、意外と楽しんでるのかもしれない。
ナル姉とマテオ兄も今は傍にいない。
ナル姉は断絶していたプテウス家の当主となり、プテウス辺境伯に任じられたのだ。
プテウス辺境伯はエンディアとトリフルーメの国境付近の領地を預かる身。
任地に赴くまで私のことを気にかけてくれて、マテオ兄に至っては護衛騎士として残ろうとしてくれた。
でも、丁重にお断りした。
お似合いの二人を引き離すようなことをしたくなかったからだ。
便りには慣れない領地の運営に手間取ってはいるものの辺境の地で常に戦場にいるような雰囲気が気に入ってるといつもの調子で書かれていた。
相変わらず、元気が有り余ってるようだ。
だから、ノエミしか、いないのだ。
内緒の話だけど、本当はロホとアスルもツァオーキに住んでいる。
お城の裏にかなり深い森があるのだ。
王家が管理する地ということもあって、人目もなく安全ということで表向きには森の管理人ということにして、二人は暮らしてる。
イディとして、二人のことを知ってるモデストだ。
割合、すんなりとこの要求を呑んでくれたことだけは素直に感謝しておこうと思う。
うん、心の中だけど。
「どうでしょうか」
「完璧じゃない? ありがとう、ノエミ」
日頃の感謝も込めて、微笑みかけると彼女も満面の笑みでそれに応えてくれる。
本当の姉のように私に接してくれる。
そういった意味では時に厳しいことを言ってくるナル姉の方が正しいのだろう。
ノエミはただただ、ひたすらに私を甘やかしてくれるのだ。
嬉しいんだけど、下手をすると我が儘お嬢様になるわよ?
私に前世の記憶がなかったら、危なかったんじゃないかな。
「さて、それでは参りましょうか。戦場へ」
夕食の席が設けられたのは大広間なんだろう。
無駄に広く、天井も高い。
その割に彩る光があまりに心許ない。
これまた、ひたすらに長いダイニングテーブルに置かれているキャンドルだけが照明なのだ。
ロマンチックな雰囲気?
そんなものはない。
前世に置いてきた!
驚くことはそれだけではなかった。
後から不機嫌な顔で入って来るものだとばかり、思ってたモデストが既にいたことだ。
卒業パーティーの時はゆうに結べるくらいの長さがあった濡れ羽色の髪が短く、お洒落にカットされていた。
額を出した、ツンツンと逆立った髪型だ。
触るとチクッときそうなハリネズミヘアとでも言った方が良さそう。
ワイルド系にイメージチェンジしたんだろうか?
怪しい……。
女性の影響でそういう方に走ったと考えたら、ありえなくはないわね。
しかし、十四歳で新しい女の影とは前世よりも女癖が悪いのかしら?
まぁ、変態仮面を被って、変な決めの台詞をイディの姿の時に散々というほど、見せられてる私だ。
あれだけ、振り回されたのだから、これくらいのイメージチェンジで動じたりはしない。
ちょっと、かっこいいとか、思ってはいないよ?
「に、似合っているね、そのドレス」
「は?」
目を逸らしながらの第一声に私の方が意表を突かれた。
淑女教育を修了している私としたことが、間延びをしたような変な声と顔を晒してしまったのだ。
不意打ちにも程があるわよ……。
目を逸らしてくるのは、予想していたのよ?
似合っているとか、どの口が言ったのか。
「あ、あなたもその髪型がよく似合ってますわ」
「そ、そうか。君は……きれいな髪を見せてくれないんだな」
「は? 何か、仰いました?」
いつまでも間抜け顔を晒してる場合じゃない。
社交辞令なんだから。
その髪型が似合っていて、かっこいいと思った訳じゃないんだからねっ。
何でお互いに目を逸らしながら、会話してるんでしょうね!?
書類上は夫婦なのに、こんなのでこの先、やっていけるのかしら?
おまけに声が小っちゃくて、何を言ったんだか、聞こえなかったし。
「と、と、とにかく食事にしよう」
「え、えぇ。そうね」
とりあえず、席について食事となったんだけど、これも想像していたのと違った。
長いダイニングテーブルの端と端に座って、会話もない味気ない食事だと思ってたのに……。
この長いテーブルいるの?
ねぇ、いらないと思うんだけど。
隣り合って、座るならもっと小さいテーブルでいいと思うわ。
その方が財政にも優しいんですのよ?
「き、君は確か、肉が好きだったよね?」
「え、えぇ。そうですけど」
淡々と給仕が進められ、ディナーも淡々と進んで……ないのよ、これが。
黙々と食事に集中したいのに邪魔してくるんだから。
モなんたら、がね!
顔が紅潮してるから、怒ってるようなのによく分からない人だわ。
でも、この先、仮面夫婦として、やっていくと思って、気合を入れていただけに盛大な肩透かしを食らった気がする。
すごく疲れた……。
十四歳の夫と十六歳の妻なんだから、この先の人生が長いことだけは分かってるつもりだ。
殺されないように頑張れば、頑張るほど、この期間は長くなるんだし……。
ここまでは私、頑張ったと思うわ。
思ったよりもうまくいっている気もする。
前世で入ったことすらないこの城に迎えられた。
確実に運命が変わったと思って、いいはずだわ。
でも、まだ確証はないのだ。
シルビアとアリーとの連絡も絶やさないようにしないといけないわ。
警戒するのを忘れないようにしないと……。
今日のモデストの態度だって、怪しいのよ。
私を油断させようとしてるだけかもしれない。
顔が火照ってるのもきっと、食前酒で酔っただけだわ。
決して、気を許したりしない。
そんな風に改めて、気合を入れ直してはみたものの思っていた以上にディナーで疲れていたようだ。
久しぶりにぐっすりと安眠が出来るとは思ってもなかった。
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