第48話 悪妻、心騒めく

「そ、そうだ! 証拠がないだろう! 僕には証拠がある。それはエロイーナの証言だ」

「ほお」


 うわぁ。

 ぶひくんは本物のお馬鹿な方で確定ね。

 自称被害者の証言だけでは証拠にならない。

 これは一般教養として、習っているはずなんだけど。


 クラスの優劣に関係なく、重要なことだから、習ってるはずよ?

 それでこれ、なんだ……。

 こんなのが婚約者でドッセッタ嬢も辛い目に遭って、可哀想……と視線をやると俯いて、床を見つめたまま、プルプルと震えてた。

 泣きそうって、ことかしら?

 それにしてはちょっと様子がおかしい気がする。


 あの感じ、良く見る。

 ナル姉が怒りを堪えている時にそっくり!


「君は知らないのかな? この学園には最新式の魔道具があちこちに設置してあるんだが」

「な、なんのことだ!?」


 すごいわ。

 別の意味で大物だわ。

 これでよく卒業が出来たものね。

 もしかしたら、教師に賄賂を贈って、成績を改竄しているんじゃないでしょうね?


「これは学園自体の調査もしないといけないかなぁ」


 チコも蟀谷こめかみを押さえてる。

 かなり辛そうだ。

 まぁ、私が心配する必要もないだろう。

 何よりも傍らに支えてくれるアリーがいるのだ。


「本当に知らないようだね。この学園に王族や高位貴族が通っているのに何の対策もしていないとでも思っていたのかい? おめでたい頭だね」


 モデストの切れ長の目はそれでなくても威圧感があるのに細めるものだから、ぶひくんの顔色が赤から、青に変わる。

 蛇に睨まれた蛙って、あんな感じなのかしら?

 目まぐるしく顔色が変わるし、滝のように流れる汗が見苦しいわ……。


「つまり、君が大好きな証拠とやらはいくらでも存在するんだが見たいかい? 紳士淑女の揃うこの場で上映するにはふさわしくない場面もあるのだが」


 僅かに口角を上げ、皮肉をたっぷり含めて、そう言い放つモデストの横顔に胸が何だか、ザワザワする。

 でも、これは断じて、好きとか、気になってる訳じゃない。

 そう!

 目鼻立ちが整った王子様がまるで演劇の主人公のように立ち振る舞っていれば、誰でも見惚れてしまうものだろう。

 きっと、そうだ。


「そうよね、シルビア」

「急に意味が分かりませんわ」


 すんとした真顔で言われて、ちょっとドキッとしちゃった。

 そういう趣味も気質もないはずなのに!


 そして、悪夢の上映会が始まった。

 最新式の魔道具が設置されていたのは教室や校庭、中庭だけでなく、廊下や倉庫にまで及んでいたらしい。

 自制を促す為、わざと見えるように設置されている物もあれば、不正や犯罪を防ぐべく、隠して設置されていた物もある。

 だからこそ、証拠になるような映像が残っているそうだ。


 宙に映し出された映像には件のぶーちゃんエロイーナが自分から、池に飛び込んだり、階段から落ちる振りをして、足を挫くさまがはっきりと映し出されていた。

 階段から落ちるのなんて、あまりに酷くて、会場の失笑どころか、爆笑を買っている。

 だって、たった三段を下りただけで捻挫になっているかも怪しいものを誰かに押されて、大怪我をしたと主張していたんだから。


 それ以外にも二人は屋上や倉庫などの人目がつかないところであるまじき行為を働いている様子も映し出され、主に女性陣からの悲鳴で騒がしくなった。

 悲鳴を上げ、扇子で顔を隠しながらも皆、しっかりと映像を見てるんだけどね。


「さて、君はこれで……」

「あの……」


 断罪しようとしたら、逆に断罪される。

 これも最近、庶民の間で流行っているそうだ。

 『ざまぁ返し』と言うらしい。

 アリーはこの手の情報に詳しい。

 そこまでロマンス小説を再現しなくてもいいのにロマンス脳の病とは御しがたいものらしい。


 でも、それですんなりと終わらなかった。

 モデストが締めようと口を開くのにかぶせるように当事者であるドッセッタ嬢が発言したのだ。

 心なしか、声が震えているけど、おかしい。

 断罪されかけたことで怖くて、震えてる訳じゃないみたい。


「頼まれてもいないのにありがとうございますわ」


 あっ、間違いない。

 ナル姉と同じ……。

 は怒りを堪えて、震えてるので合っていたのだ。


 俯いていたドッセッタ嬢が顔を上げた。

 目が据わってる。

 上気した顔はそれでなくても整っている彼女の美しさをさらに引き立てるかのようで……って、上気してるんじゃない。

 怒ってるわね。


「わたくし、ずっと、この時を待っておりましたの。本当にありがとうございますわ」


 そう言うと彼女は口許を隠していた羽根扇を畳むと片手でバキッと握り潰した。

 あれ?

 エリザンナ・ドッセッタは地味姫どころか、理想的な令嬢で通っていたはず。

 もしかして、猫をかぶっていただけなの!?


 モデストは目を見開いたまま、固まってる。

 そりゃ、そうだよね。

 善意で助けた相手に『余計なこと』と言われたんだし。

 単なる善意なのか、何か、思惑あるのかは知らないけど。


「チコ。これ以上、被害が増えないうちにどうにかした方がいいと思うわ」

「あ、うん。そうだね。分かった」


 そんなことを話し合っている間に小柄な体格にか細い腕をしたドッセッタ嬢が固まったままのモデストを豪快に突き飛ばすと、ブッターニとエロイーナの加害者二人に詰め寄っていった。

 そして、惨劇の幕が開けた。

 ギリギリと締め上げる音が聞こえるくらいにきれいなネック・ハンギング・ツリーを二人に決めるドッセッタ嬢の美しすぎる姿に全員が見惚れてしまった為、対応が遅れることになったからだ。

 彼女は一体、何者なのよ?

 それにしても物理的に断罪って、新しいわね……。


 遅ればせながら、アリーを伴ったチコが壇上に上がり、王族にふさわしい態度でブッターニ・タスケーノとエロイーナ両名への処分を下した。

 あくまで仮なので会場からの速やかなる退場ということになった。

 口から泡を吹くぶーちゃん両名は警備員に連行されていった。

 正式な処分はあとで下されることになるんだろうけど、貴族籍からの抹消は間違いないだろう。


「でも、真実の愛なんだから、平民になっても二人の愛で乗り越えるんでしょ?」

「理想と現実は剥離しているものですわ」

「うわぁ、シルビアがクールを通り越して、リアリストになっちゃったぁ。ショックぅ」

「あなたこそ、王子妃になるのですから、もっとしっかり、なさって?」

「しっかり、なさってますぅ」


 こうして、私達の卒業パーティーは予想外の騒々しい一幕があったものの美しい思い出の一頁となった。

 何か、忘れてるような気がするけど、思い出さないから、大したことないよね?




 エリザンナに突き飛ばされ、壁に激突し、気を失っていたモデストが目を覚ますと既に誰もいなかったとさ。


「置いてきぼりって、酷い」


 真っ暗の人気のない会場で一人、寂しく、涙を拭くモデストだった。

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