第47話 悪妻、寸劇を傍観する

 ぶひ……じゃなかった、ブッタなんたら令息が得意満面な顔をしながら、ドッセッタ嬢を思い切り、人差し指で指してる。

 指差しは厳禁。

 下手をしたら、決闘騒ぎになるのは貴族なら、常識のはずなんだけど。

 それすらも弁えていないということかしら?


 学園では身分や階級を差別しないから、学生は自由に振舞うことを許されてる。

 だけど、それは学園の中の話。

 卒業しちゃったのよ?

 そこを理解しているのだろうか。

 あなたんはもう適用されないということを忘れてるのではなくって?


 愚かすぎるわ。

 だから、この卒業パーティーでは本来の身分に基づいて、行動すべきなのよ。

 周りの視線を見なさいよ。

 白けているし、突き刺すような厳しいものばかりでしょう?


 かく言う私とシルビアも普通にアリーと和んでるから、あまり、大きなことは言えないかしら?


「ねぇ。あの方、周囲の視線に気付いてるのかな?」

「気づいてませんわね。成績だけでなく、問題のある方だったようですもの」

「へぇ。すごいね。あれでも卒業出来るんだぁ」

「いやいや、問題ありだね。これは貴族会議で定義すべきかもしれない」


 チコは真剣な表情でそう言ってるから、本気なんだろう。

 そうよね。

 国の未来を担う人材を育成する学園なのにアレでは不安にもなるわ。


 成績順でクラス分けがされていて、実力差で学習環境に多少の差異はあるわ。

 でも、学園を卒業した者は高い教育を受けたとして、敬意を払われる存在なのよ。

 それは下のクラスであっても同じこと。

 学園で四年間を過ごしたという事実がそうさせるんだから。

 それでアレだもの。


「なぜもへちまもない! 貴様のように血も涙もない冷たい女には婚約破棄だけでは手ぬるい」

「そうよぉ、酷いのよぉ。あたし、いじめられたんだもの」

「君のような天使をいじめるとはこの悪魔め! 貴様は国外追放だ!」


 は?

 お前、単なる伯爵令息よね?

 それも三男じゃない。

 格上の侯爵令嬢に正式なやり取りもなく、婚約破棄を切り出しただけでも問題なのにさらに罪を上塗りしていくなんて。


「もしかして、サプライズイベントなんじゃない?」

「いやいや、アリー。冗談では済まないよ、これは」

「セナ、抑えて。どうどう」

「私は馬じゃないからね?」


 周囲の冷めた視線にさらに失笑が加わったみたい。

 私は危うく、プッツンして襟首掴みに行く一歩手前だ。

 シルビアが宥めてくれなかったら、危なかった。

 見つめ合って、勝手に二人きりの世界に入ってるアレをどうしてくれようか。


 いけない。

 最近、ナル姉の影響か、すぐに実力行使に出ようとする癖が付いてるようだ。


「待ちたまえ」


 その時、どこかで聞いたことのある声が広い会場内に響き渡った。

 凛として、よく通る落ち着いた声色だ。

 濡れ羽色の髪をオールバックにした長身の少年がドッセッタ嬢をかばうように立ち、壇上のぶひとぶーにやや切れ長の目で視線を当てる。

 その涼やかな瞳に壇上の二人がたじろいだようだ。


「あれは何方どなたなの?」

「「「は?」」」

「え? 三人とも変な顔しないでよ」

「だ、だって、セナ! 一年間、クラスが一緒だったじゃない」

「そうですわ。当時、飛び級が話題になりましたわよ?」

「大丈夫ですか、セナ姉さま」


 一年間、一級クラスで一緒だった?

 誰だろう?

 ほぼ三人としか、交流してなかったから、クラスメイトはよく知らないのよね。

 あれ? 私の世界狭すぎ!?


「あなたの婚約者じゃない」

「は!?」


 え? 何、じゃあ、あれはモデストなの!?

 しかも一年間もクラスが一緒だったなんて、初耳だわ。

 構わないでと言ったのは確かに私よ。


 でも、普通は外面というものがあるでしょ。

 体面くらいは汚さないように動くべきじゃない。

 さすがは前世で私を放置していた男なだけあるわ。


「あぁ。でも、これでさらに面白くなってきたんじゃない?」

「ええ、確かにロマンス小説でよくあるヒーローが助けに入る場面ですわ」

「君達、よくこれで盛り上がれるね……」


 チコの言う通りよ。

 私はドッセッタ嬢を助けようと動こうと思ったのに先を越されて、おまけにその相手がモデスト!


 モデストはどういうつもりで助けに入ったのかしら?

 正義感?

 それともドッセッタ嬢に好意でもあるの?

 そういえば、あなたって、私を放置して、たくさんの女の人と仲良くしていたんでしたっけ?

 思い出したら、段々と腹が立ってきた。

 実力行使する相手がぶーから、モデストになりそうだわ。


「セナ、抑えて。風が漏れているわ」

「あ……うん」


 シルビアがいつの間にか、握り締めすぎて、血が滲んできた手を両手で優しく、包み込んでくれる。

 私は本当に家族や友達に恵まれたと思う。

 皆がいなかったら、私はとうに壊れてるだろう。


「な、なんだ、貴様は! この僕に楯突こうというのか?」

「そうよぉ! そうよぉ!」


 あの二人があまりにもお馬鹿が過ぎるので、逆に私が冷静になれた。

 それとも肝が据わった大物かしら?

 それはないかな。

 サプライズでもなさそうだ。

 卒業パーティーで血を見るのはまずいと思うんだけど。


「僕はモデスト・トリフルーメだ」


 身分が上の者が先に名乗りを上げるのが正しい作法だ。

 モデストが名乗るまで口を挟むべきじゃない。

 彼らにそんな貴族の常識はないんでしょうね。

 だって、モデストの名を聞いても理解してないんだから。

 隣国の王子の名前すら、把握してないのはさすがに問題だと思うわ。


「ふんっ。モデストとやら、僕の邪魔をするな。これは僕とその魔女の問題だ」


 ぶひったら、今度はモデストを指差したよ。

 自国の高位の者に尊大な態度を取ってることが既に問題なのにさらに問題行動なのね。

 トリフルーメは他国なんだけど。

 知らないでは済まされないわ。


「面白くなってきたよぉ。勘違い王子じゃない?」

「王子は僕だけど?」

「セナ、どうしますの?」

「様子を見るわ」


 モデストが関わった以上、関わりたくなくなったの。

 こういうのに絡んではいけないだろう。

 騒ぎを大きくするだけで悪手になるからだ。


 ここはこの場でもっとも高位にあるチコに出てもらって、不心得者を退場させるのが最善の策だったと思う。

 あれだけの愚挙を犯した以上、ドッセッタ嬢には元々、婚約者がいなかったということになるだけなのだ。


「その女は罪を犯したのだ。僕の愛しいエロイーナに嫉妬し、信じられないような所業を働いたのだ!」

「へえ。一応、聞いてあげるから、言ってみなよ」


 モデストは蟀谷こめかみに手を当て、やや俯きながら、口から出た言葉はこれ以上ないくらいに低い。

 あの仕草と声に覚えがある。

 イディの時に見せていたのだ。

 アレ、機嫌が悪いとみて、間違いない。

 表情を変えないあたりはさすがだと思う。

 私という正妻を冷遇しておきながら、慈悲深い賢王で通っていたあなたですものね?


 前世のモデストだから、同じ人であっても違うと分かってるのについ混同してしまう。

 この癖は治しようにも難しいもののようだ。


 そこから、ぶひくんは意外なことに立て板に水を流すような見事な喋りっぷりを披露してくれた。

 学業成績が芳しくないと聞いたけど、案外、演説の才能はあるんじゃないかな。

 鍛えれば、どうにかなりそうだけど、その前に基礎の道徳から、叩き込まないといけないでしょうね。


 この時、ぶひくんがドッセッタ嬢の犯した罪として列挙したのは『教材を破く』『階段で突き落とされた』『噴水に落とされた』『取り巻きを使い、あらぬ噂を広めた』などなど、どこかで聞いたようなものばかりだ。

 歴史は繰り返すとでも言うのだろうか。

 アリーとシルビアも『ロマンス小説の読み過ぎ病じゃないかしら?』『まんま小説のネタ使っちゃ、ダメよねぇ。ウケる!』とキャッキャして、喜んでる。


「君は一級クラスは校舎が違うということすら、知らないのか? 君が挙げた罪とやらは一つもありもしないものなんだが……それとも証拠が無いから、とでも言うのかな?」

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