第43話 悪妻、空回りする

 お茶会から、一週間が経った。

 アリーの成績を上げる名案を思い付くこともなければ、状況を一気に打開する策も閃かないままだ。

 手詰まり、お手上げである。


「ねぇ。本当にこの勉強法で大丈夫なんだよねぇ?」


 頭を氷枕で冷やしながら、ピンク色のきれいな髪を掻きむしるアリーの声はいわゆる涙声だ。

 私も泣きたくなってくるけど、本人の方が辛いから、ぐっと堪える。

 一番、辛いのは勉強してもそれが身に付いたという実感の持てないアリーなんだから。


「でも、勉強法って、これしかないよね?」

「そうですわね。勉強と言えば、詰め込み。とりあえず、この辞書くらいは暗記しましょう? うふふふ」


 怖いんだけど。

 シルビアの菫色の瞳に微妙な嗜虐の色が浮かんでない?


「詰め込みって、テストの前でいいよね!? 一夜漬けでよくね?」


 ストレスからか、アリーは頭がちょっと熱暴走を起こしかけているみたい。

 しょうがないなぁ。

 ここは私が強制的にやるしかないか。

 魔力を右の拳にたぎらせ、アリーの後頭部に風の平手打ちをお見舞いしようとしたその時だった。


「天が呼ぶ! 地が呼ぶ! 人が呼ぶ! 悩む乙女を救えと僕を呼ぶ!」


 んんん? この声、誰?

 どこかで聞いたような気がするんだけど、どこだったかな。

 それ以前に呼んでないんだけど……。


「僕は流れの仮面教師ストレンジャー!」


 あっ、思い出した。

 その鉄兜と仮面! 変態仮面じゃない!!

 間違ったわ。

 イディじゃない!!


「うわぁ……引くわぁ」

「ぷっふふふ」


 半目で死んだ魚の目をして、変態仮面を睨むアリーと対照的に笑っているのを我慢しようとして、我慢しきれてないシルビア。

 私はどうすれば、いいのかな?

 『どうしたの、イディ』って、呼びかけるのもおかしいよね。

 学園には関係者以外立ち入り禁止だから、見つかったらただじゃすまないだろう。

 不本意ではあるけど、ここは彼の思惑に乗ってあげよう。


「あー、噂のストレンジャーが来てくれたんだ。良かったね、アリー」

「あっはははは」


 自分でも酷いなと思えるくらいの棒読み。

 大根役者にも失礼なレベルだと思う。

 話を振られたアリーの方が困ってるかもしれない。

 それでなくても大きな瞳が零れ落ちそうなくらいに見開かれてる!

 シルビアなんて、笑ってるのを隠しすら、しなくなってる。


「僕に任せてくれたまえ、レディ」


 そんな心の葛藤を知らないだろう変態仮面は自信たっぷりに言い切った。

 口に薔薇を咥えて、イディがレディで洒落のつもりなんだろうか。

 これは通りすがりに『通りすがりの仮面教師だ』と問題を解決してくれるヒーローじゃないわね。

 どこかで見た気がする……。

 そうよ! ロマンス小説に出てくるヒーローじゃない?

 乙女の危機に駆け付ける薔薇の人!

 『変態仮面様』と瞳をキラキラさせて見つめれば、満足するのかしら?

 ねぇ?


 頭が痛くなってきた……。

 熱が出たのかも。

 悪寒が止まらないもの。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る