閑話 いざ行かん。戦う修道女

(ナタリア視点)


 わたしはナタリア・プテウス。


 かつて、プテウス辺境伯を継ぐ者として、教育を受けた者。

 そうなるべく生きてきた者。


 正統なる後継者として、婿を取り、プテウスの名を継ぐ。

 それだけがわたしに許されたわたしの生きる道だった。


 しかし、明るく、希望に満ちていたわたしの前途は一転した。

 杳として知れない身の上になろうとは思いもしなかった。


 わたしが十二歳の時だ。

 辺境伯領で魔物の集団暴走スタンピードが発生した。

 これまでに類を見ない大規模な物で何としても、抑えなければいけない危険な現象だった。


 当主であるナザリオお祖父様は私軍だけではなく、冒険者ギルドにも応援要請を出し、万全の状態で迎え撃った。

 結果だけを見れば、集団暴走スタンピードを抑えることが出来たので成功だろう。


 それが多大な犠牲の上に成り立ったものなのだ。

 陣頭指揮を執っていたお祖父様は大型の魔獣との戦闘で命を落とした。

 わたしの婚約者ナシオも街を守ろうと陣頭に立って、戦ったが深手を負い、その傷が原因でこの世を去った。

 町を守ろうとともに戦ってくれた冒険者にもかなりの死者が出ていた。


 だがそれだけで終わりではなかったのだ。

 当主と次期後継者をともに失ったプテウス家をさらなる悲劇が襲う。

 集団暴走スタンピードの際、冒険者ギルドの協力を仰いだことが裏目に出てしまった。


 王に対する反逆を企てたと濡れ衣を着せられ、プテウス家は終わった。

 唯一の生き残りであり、血統を継ぐわたしが山奥にある戒律の厳しい修道院へと送られたのはそれから、間もなくのことである。




 わたしは愛すべき家族を失い、帰るべき家を失った。

 だが、うら寂しい修道院に送られ、得難きものを得ることが出来たのだ。


 辺境伯は武門の家。

 生まれの事情もあり、幼少期より剣や魔法の教えを受けていた私だが、それはあくまで身を守る程度の軽い技術に過ぎなかった。


 この修道院は違ったのだ。

 守る為に力を振るうことを由とする。

 特殊な錫杖クォーター・スタッフと呼ばれる両手持ちの戦闘用スタッフを使った戦闘術と癒しの魔法を徹底的に叩き込まれた。


 戦地で前線に赴き、負傷者を助ける。

 それこそが我らに与えられた使命である。

 その志を胸にひたすら、修行の日々に明け暮れる。

 そういう修道院なのだ。


 四年を過ごしているうちにわたしの武術の腕はめきめきと上がっていた。

 一方、癒しの魔法の技術はそこまで得意という訳ではない。

 元々の適性に問題があったんだろう。

 もっぱら錫杖クォーター・スタッフで暴れ回るわたしを修道院の方も持て余し気味になっていたのかもしれない。


 そんな時、思わぬところから、わたしに救いの手が差し伸べられた。

 親戚筋にあたるグレンツユーバー侯爵家が娘の侍女として、わたしを迎えたいと申し出てきたのだ。


 娘の名はセラフィナ。

 その名には覚えがある。

 幼き日の思い出だ。

 わたしの後をまだ、覚束ない足取りでついてくるかわいらしい女の子。


 『なるねーたま』と言って、わたしに懐いてくれた金髪のお人形のような女の子がセラフィナだった。

 あの子が覚えていてくれたというの?

 訝しむわたしに畳みかけるようにもう一人の幼馴染の名が出された。

 マテオも招かれている。

 そう聞いて心を決めた。




 わたしはセナの侍女として、姉代わりとして、この二年間、ずっと彼女を見てきた。

 彼女は決して、譲らない頑固な一面を時折、見せるものの素直で心優しい少女に育った。

 その様子にわたしの心も満たされる。


 容姿にも恵まれ、学園での成績も優秀。

 非の打ち所がない完璧な令嬢。


 そんなセナが唯一、心を大人しく出来ない相手がいる。

 彼女の婚約者であり、将来の夫となるモデストだ。

 あちらの態度も相当に酷いものではある。

 だが、セナもお世辞にも人のことを言える態度ではない。


 後で聞いて驚いたが、初顔合わせの時に家宝を持ち出し、渡そうとしたのだという。

 セナの暴走に驚いた。

 小さい時から、突拍子の無い事をする子ではあったが……。

 いくら二人がまだ、子供とはいえ、これは早めにどうにかしないといけないだろう。


 マテオと頭を悩ませていたところ、モデストから、申し出があって、再び驚いた。

 あちらも思うところがあって、歩み寄ろうとはしていたのだろう。

 全面的に彼を信じる訳にはいかないが、何かのきっかけになってくれれば、と一抹の不安を覚えながらも託したのだが……。


 彼は一体、何を考えているのだろうか?

 あれで歩み寄っているつもりだとしたら、二人の仲を取り持つのは一筋縄ではいかないと確信が出来る。




 そして、婚約式の日を迎えた。

 晴れがましい日であるはずなのに目を覚ましたセナの様子はどこか、おかしい。

 瞳にも表情にもいつもの明るく、朗らかな印象がまるでないのだ。


 エメラルドのようにきれいな瞳はいくぶん、くすんだように淀んでいる。

 表情自体も死んだようにまるで動きが無い。

 いつも、ノエミやわたしに『おはよう、今日もいい朝ね』と笑顔で声をかけてくる彼女の姿が無いのだ。


 人形のようにただ、黙々と準備をするだけ。

 どう考えてもおかしい。

 何かがあったのかもしれない。


「マテオ、変よね?」

「セナのことか。俺には魔力を感じることは出来ないが、妙な気の流れを感じる……」

「やっぱりね。式の延期は無理よね?」

「彼に言っておくべきだろう」

「そうよね。いざという時、動けるようにしましょ」

「ああ」


 何も起きなければ、いいのだが……。

 セナのあの様子が気にかかる。


 嫌な予感しか、しないのだ。

 モデストにも伝えておいたが、あくまで注意喚起をしたに過ぎない。


 彼はセナが関わると途端に挙動不審になる。

 いざという時、役に立たない可能性が高いのだ。

 わたしとマテオでどうにか、するしかないか。

 そう判断したわたしはマテオと淡々と進められる婚約式を見守るのだった。

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