第32話せりかさんっ ✴︎

 構えるキバがせりかに飛びかかる。


 ヒュッ。


 気合いの息と共に放つ薙刀なぎなたの横なぎの一撃は、あっさりとキバの右手に掴まれた。

 キバの手に引かれる薙刀を抵抗せずに押し込むと、そのまま薙刀からは手を離しスライディングをするようにキバの足元をすり抜けていく。


 元々天井の非常ベルを押すためだけに出した薙刀、あんなに長さの有るは、物の多いリビングでは邪魔になるだけ。


 庭に出られる大きなガラス戸に飛びつくように走り出す。

「どこ行くの?」

 背中に焼き付く殺気に、鍵を開けようとした手が焦ってレースのカーテンに絡みついた。


(ダメね)

 レースのカーテンを掴んだまま、その中にくるまるように腰を落とし、キバを振り返る。

 ピンと張ったレースのカーテンが、打ち付ける薙刀の一撃を包み込むように受け入れた。


 今しがたまでせりかの脇腹があった場所を、正確に打って来ている。


 苛立ちからか、キバがカーテンごと力任せに薙刀を振り切ろうとしたことに耐え切れず、上部のカーテンレールからブチブチと音を立ててレースが外れ、落ちてくる。


 引こうとしない薙刀に、せりかは飛び込むようにソファの陰にその身を移動した。


(外に出ることは一旦諦めた方が良さそうね。

 連絡はしてある。ここは時間を稼いで助けを待った方が確実)


 薙刀の柄が空気を裂く音を立てたかと思うと、木製のキャビネットを叩く音にガラスの割れるが続く。


「ちっ。邪魔だな、この薙刀」

 ゴトッと床に薙刀が転がった。


「さてと、どこに隠れたのかな」

 当然ソファに飛んだのは見えていたはず、背もたれ側から近づいてくるキバに対峙たいじするように、ソファのイス側に姿を見せる。


「あんまり時間がないんだろ」

 ソファの前にある木製のローテーブルを回り込み、キバとはテーブルを挟んだ対角線上に立つ。


 薙刀を引く動作で、力の差は歴然。

 フェイントと小技で逃げ切りたい。


 回り込んでいたら堂々巡りと思ったのか、悠然と土足のままテーブルに足を掛けようとしたキバに向かい、せりかが素早くテーブルの端に足を掛けるとそのまま前に押し出すように蹴り出した!


「ガッ!」


 テーブルは残っていたキバの軸足スネに、勢いよく叩きつけられ、なお押し出そうとするせりかの勢いに、バランスを崩したキバの身体が倒れ込んでくる。


 テーブルから引くせりかの足にキバの手が掛かった。

「あっ」

 指先を掴まれ、せりか自身もバランスを崩す。

 その拍子にキバの手からは逃れるものの、立ち直りきれずにフローリングに身体が投げ出された。


 うつ伏せの状態から、すぐに身をひるがえそうとしたせりかの足首を、大きな手が掴む。


「痛ぇだろ。おばさん」


 そのまま、せりかの腰の上に勢いよく飛び乗ってくる。

「あぐっ」

 小柄なせりかの身体がフローリングとの間で嫌なきしみを立てた。


 髪を鷲掴むキバの手が、せりかの顔をフローリングに押し付ける。

「気の強い女は嫌いじゃないけど、可愛げがないのは頂けないな」


 バンバンバンッ!


 突然上がる大きな音に、キバは垂れ下がるレースのカーテンの隙間から、ガラス戸を叩くイチの姿を見た。

「ちっ。またあの野郎か」


 注意が逸れた一瞬。

 身をひねったせりかの右肘が、キバの脇腹に突き刺さる!


つぅっ!」

 そのまま大きく右の手足を振り上げ、キバごとひっくり返った。

 落ちたキバを蹴り、その勢いに床を滑ると近づいたソファを掴み起き上がる。


 カーテンも外れ、邪魔な物がなくなったガラス戸の鍵を外した瞬間。

 髪を掴まれ、勢いよく引き戻された。

「ああっ」

「せりかさんっ」


「お前は、女の子とお楽しみ中の俺を邪魔するのが趣味なわけ?」


 苛立ちを隠さないキバの視線がイチを射抜く。

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