第31話非常ベル

 リビングにとって返したせりかは、奥の和室に入ると、クローゼットの中から長いを持ち薙刀なぎなたを引っ張り出してくる。


「勇ましいね」

 和室の入り口にはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべたキバ。


 落ち着いた瞳で薙刀を横一文字に払う。

「誰に用事があって来たのかしら」

「さっきも言っただろう。

 カエちゃんだよ」

 そのせりかの姿に、キバは眼光鋭く身体を構えた。


伊達だてじゃないな。

 このおばさん、格闘技経験者だ)


 立てた薙刀でおもむろに天井を突く。

「何してんの?」

 キバからは電気の傘があって見えていない。

「父親が、困った方向に革新的な人でね。

 その仕事上、昔から何かと狙われる事が多いの。

 自分の身は自分で守る。

 それでも心配性な旦那さまが、私と娘の為に付けてくれた、非常ベルよ。


 すぐに警察が来るわ」


 薙刀を構える。

「とりあえず、住居不法侵入で収監されて来なさい」



 ###


 帰宅路を逆走する中で、スマホが聞いたとこのない警報音を鳴らし出した。

「ええっ。何々?」

 慌てて探るスポバの中からスマホを引っ張り出す。

 〈緊急警報発令。間宮家〉

 うち?


 ###


「間宮家」

 スマホの画面を見ていたイチが、視線を上げる。

「うっわ。僕がだいいいぶ昔に取り付けた非常ベルだ。

 間違えて押すようなところには取り付けてないから、何かあったんだ」

 視線を路地の男達に向け、イチを見る。


「ここの受け渡しは僕が待ってるから、イチは間宮家に行って。

 カエか、せりかさんに何かあったのかも。

 あっ。この通知、僕たち5人と巽さんのところに行ってるからね」


 止めておいた自転車に向かって走り出すイチの背中に声をかけた。


 ###


 どうしよう。

 うちで何かが起きている。

 だとしたら連絡してきたのは?

 せりかさん。

「んーっ!」

 イチ達も気になるけど、2つは駆け付けられないし。

 うん。やっぱりせりかさんが心配。

 あたしは再び方向転換すると、家に向かって走り出した。


「カエっ!」

 背後からかかる聞きなれた声に振り返ると、自転車を飛ばすイチが近づいてくる。

「イチ!

 スマホ見た?

 先に行って、せりかさんのことお願いっ。

 すぐに追いつくからね」


「おうっ」

 あたしのことを抜き去り際に短く返事を残していく。

 ほんとは乗せて行って欲しいけど、重くなるとスピード落ちるだろうし。

 ジュニアはどうしたんだろう。

 後からくるのかな。

 とりあえず振り返る先に人の姿はない。


 ###


 スピードを上げて自転車をこいでいたから、だけではない鼓動の苦しさが、カエを見つけたことで大分軽減された。

(不謹慎なのはわかってる。

 でも、カエじゃなくて良かった。

 追いついてくる前に、片付ける)


 ブレーキと共にスライディングした自転車から飛び降りた。

 自転車はそのままポーチにぶつかりなにかのカケラを飛ばして停止。

 飛び付く玄関のノブは、予想通り施錠されている。

(庭からリビングに入れる)


 玄関の左側、庭に飛び出したイチは、裂けて垂れ下がったレースのカーテンの隙間からリビングを覗き込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る