第13話 Thank You So Much
同じ日の放課後。
今日は決戦を前日に控えているというのと、雨が降っているというのもあって、おとなしく帰ろうということになった。
今、俺はいつもの通学路を傘を差しながら紅島と二人で歩いている。
「明日ですね、先輩。でも、きっと大丈夫です!やれることはしっかりやりましたし」
傘を差したまま、くるくると回りながら彼女は言った。おい、やめろ。雨水が飛んでくるだろ。
「ああ、そうだな。別に心配なんてもうしてねぇよ」
事実、やれることはしっかりやった。大分体力や筋力は戻り、タイムも始めと比べればかなり縮んだ。
ふと、紅島の顔を見ると、違和感に気づいた。
「お前、どうかしたのか?目の下にクマなんて浮かべて」
俺が指摘すると、焦ったように自分の目元を触って
「え、あ・・・ああ。ちょっと昨日遅くまで起きてたので。今日はちゃんと寝ますよ!」
何をそんなに慌ててやがる?
目はあっちへ行ったりこっちへ行ったり泳ぎまくっていた。
「・・・?まぁ、女子があんま夜更かしするんじゃねぇよ。肌に悪いぞ」
紅島は急に顔を赤くして、そっぽを向き始めた。どうした?
「先輩は・・・全く」
さて、こいつに聞いてみたいことがあるんだったな。
「なぁ、最近俊のやつがお前のとこに来てないか?」
紅島はこっちを向いてから口を開いた。
「あ、ああ。そうですね。ちょっと、しつこいぐらいに私のクラスに来ますね・・・」
紅島は苦笑いしていた。はは、あいつ多分鬱陶しがられてるな。
「お前らふたりで何してんだ?」
ずっと疑問に思ってはいたがなかなか聞けずにいた。本人たちは何も話さないからな。
「え?えーっと・・・内緒、じゃあダメですか?」
紅島は目をそらして言った。
うーん、まぁ誰しもひとつやふたつ秘密はを持っているものだ。だから別にいいんだが。
あれだ・・・こいつと俊は知らない仲じゃないし?話してくれないのは、寂しい的な?
俺は何て言えばいいか迷った。
「なんか、ひた隠しにされると、俺でもちょっと・・・傷つく、的な?」
そんなことを言ってしまったので紅島は爆笑し出した。うるせぇ、分かってるよ!女々しいってことぐらい。
「あ、はは。あはは。先輩、可愛いとこ、ありますね、はは」
傘を持ってない方の手で俺の肩をバシバシ叩いてきた。あー、ウゼぇ。
あと、どんだけ笑ってんだよ。目元に涙まで浮かべてるし。
笑いが治まってから紅島はまた口を開いた。
「そうですね。真水先輩には、何だかんだお世話になりました。おかげで友達がたくさん出来そうです」
紅島は穏やかな口調でそう言った。
それにしても、あいつ、やっぱりこいつのこと気にしまくってたんだな。
「そうなのか。・・・じゃあ、あいつが言ってたんだが、昔の写真をばらまかれたってのは本当だったのか?」
紅島は眉を寄せながら頷いた。
「はい。私としたことが・・・。まさか昔の私を知っていて、しかも私的に苦手、いや嫌いだったあいつと同じクラスとは思わなかったんです」
「まぁ、嫌いなやつのひとりやふたり誰でもいるよな。俺とか何十人もいるぞ」
俺が若干ふざけて言うと、紅島は「多すぎですって!」とツッコんだ。
「真水先輩、私を避けがちになってたクラスメイトたちに言ったんです。『何で誰も今のこいつを見ようとしないんだ!過去は過去、今は今だろ!』って。あれには不覚にもドキッとしましたね」
紅島は少し嬉しそうにそう言った。
俺は「そうか・・・」と返したのだが、その時同時に心の中で自分でも意外な感情が沸き上がっていた。
それは。
-こいつは俺ではなく俊を頼った。そのことがなぜだか少し悔しい。
自分で踏み込まなかったくせに、「俺や俊を頼れ」と言ったくせに、傲慢にもそんな感情を抱いてしまっていたのだ。
おかしい。実におかしい。
思えば俺はこいつのことをあまり不快には思わなくなってきている。
「・・・先輩?どうかしたんですか?」
紅島は俺の顔色を窺うように、隣から俺を見上げてきた。
「・・・いや。何でもねぇよ」
自分でもよく分からないが苛ついていたようだ。おかげで語気が荒くなってしまった。
彼女は「うん?」といぶかしんでいたが何も言わなかった。
そうこうしているうちに紅島の家があるであろう住宅街に入っていた。
「じゃあ先輩、また明日」
俺はそれに「じゃあな」と手を振って応えた。
俺は彼女に背を向けて歩きだしたが、背中の方でドタンと何かが倒れるような音がして慌てて振り返った。
「・・・紅島?おい!」
傘を放り出して、すぐに彼女のもとに駆け寄った。
「おい、おい!」
呼びかけても「・・・は、はい・・・」と力なく応えるだけだった。よく見ると顔が少し赤い。
おでこの辺りをそっと触れてみるとやはり熱を帯びていた。
とにかくこんなとこでいつまでも問答してる場合じゃねぇな。
「非常事態だ。何も言うなよ」
仕方がないので俺は紅島を背負った。
「これだけは答えろ。家、どこだ?」
熱に浮かされながらも彼女は頑張って口を開いた。
「あ、あそこ・・・です」
指を指したのでどこかは分かった。
「すぐそこじゃねぇか」
俺は歩きだした。
「先輩・・・迷惑かけて・・ごめん、なさい」
「何だよ、今さら」
まぁ、誰しも病気とあらば少しばかりしおらしくなるものだろう。
紅島の家は赤茶色の屋根にベージュの壁を備えた二階建ての一軒家だった。
「鍵、どこだ?」
「鞄の・・・内ポケットの、中」
言われた通り鞄の中から鍵を取り出し、家の中に入り、靴を脱がせ、自分も靴を脱いだ。
「えーっと?こいつの部屋は・・・」
どこも似たような扉をしていたので分かりにくかったが、ある部屋だけ扉が少し空いていて、そこから覗く部屋の様相から見つけることができた。
部屋に入り、ゆっくりとベッドに寝かせて去ろうとした。
だが。
「おい・・・・・」
紅島の小さな手が俺の制服の裾の辺りを弱く掴んだ。
「はぁ」と思わずため息をついた。
ったく。本当に面倒なやつだ。
仕方がないからこいつが眠るまでここにいてやることにした。
「・・・先輩、明日は・・・行きますから、ね」
「バカが。大事をとって寝てろ」
もう、お前は十分によくやってくれた。だからお前がいなくても大丈夫だ。
少しすると、すうすうという寝息が聞こえてきた。
もういいだろう、と思って去ろうとしたのだが少し気になったものを部屋の中で見つけたので足を止めた。
教科書やら何やらが置いてある勉強机の壁にたくさんの写真がピンで留めて飾られていた。
・・・・・もしかしたら。
近くでよく見てみると。
「これは・・・・・」
そうして俺は決定的な写真を見つけてしまったのだった。
瞬間、すべての記憶のピースが繋がった。
そうして。
全てを思い出したのだった。
****
翌朝。
俺は早めに目が覚めたので、ジャージを着て家の近くを軽くランニングし、それから朝食を食べて、荷物を整えてから家を出た。
母さんに「行ってくる」って言ったら、「頑張れ」と返してくれた。ありがたい話だ。
外は昨日の雨など嘘のように晴れ渡っていた。
近くのバス停でバスに乗って競技場へと向かった。
それにしても。
「まさか、あの子だったとはな」
昨日、紅島の家で見た写真。そこの一枚には中学の制服を着て、今とは印象が大分違う彼女の姿が写っていた。ひとりだけが写されていた写真だったのですぐにあいつだろうということは分かった。
「確かに昔、髪長くて目元にかかってたよな・・・」
走るときは後ろで結んでいたような気もするが、やはり目元はあまり見えなかった気がする。
まぁ、今は赤茶色の髪を肩の辺りで切り揃えたショートだが。それに目元も隠れてはいない。
確かに口数は少なかったが、努力を重ねられる子だったな。だから気になって声をかけた・・・んだっけ。
何だかんだで一緒に長い間練習したっけ。
お互いに励まし合ったっけ。
昨日から様々なことを思い出しっぱなしだった。
「ありがとな。・・・心配してくれて、助けてくれて」
小さな声で呟いた。
競技場近くのバス停で降りて少し歩き、大きな入場口から場内に入った。
さあ、いよいよ決戦だ。
****
トラックへと続く通路の端に人影が見えた。
まぁ、誰かは見当がつくが。
そいつは俺が来たことに気づいてこっちに向かって手を挙げてきた。
「やぁ、大貴。3週間ぶりだね」
「おう。待たせたな」
他でもない、宿命(は言い過ぎかもしれないが)のライバル、氷崎凍也だった。
「準備は万端?」
「ああ、もちろん。お前は?」
返答は分かりきっていたが、あえて聞いた。
案の定、凍也はフッと嫌みのない笑みを浮かべて
「誰に言っているのさ」
「はは、それもそうだな」
中学時代は数多の大会の短距離部門で優勝を飾っていた氷崎凍也だ。当然だろうな。
俺たちは並んでトラックへと出た。
太陽の眩しさに思わず目を細めた。
-この雰囲気、久しぶりだ
「見てみてよ、観客席」
凍也に言われて見てみると
「意外と人、いるな・・・」
俊は俺に向かって大きく手を振っていたので分かった。そしてまた別のところにいる黒い服と白っぽいロングスカートを穿いている女子は氷崎さんだろう。
だがそれとは別にもう数人、観客席に人がいた。
「あ、そういえば・・・・・」
思い出すのは50メートル走のときにサッカー部と陸上部のふたりに俺が言ったこと。
『俺、凍也のライバルなんだわ。俺、あいつに勝つから。二週間後の土曜日、よかったら競技場に来いよ』
あいつら、来たのかよ。
多分、少し多いのはそいつらの友達とか部員だろう。
「あ、僕のとこからも何人か来てるなぁ」
凍也がのんきに呟いた。
また別のところにはどこかの高校のジャージを着た人たちが集まっていた。うーん、心なしか女子が多い気がする。おのれ、イケメン。
前から誰かが歩いてきた。
「よう、おふたりさん。今日は俺が審判なんで。スタートの合図も俺がする」
そちらを向くと、そこにいたのは上崎先生だった。
「そうなんですか。まぁ、お願いします」
俺はペコリと軽く頭を下げた。
「あ、上さん先生じゃん。お願いしまーす」
俺の横にいた凍也は友達みたいなノリで先生に対してフランクに接していた。何で?
「やけに仲良さそうだな、ふたり」
「ああ、上さん先生は大会でちょくちょく審判やってるんだよ。だから結構顔見知りなのさ」
先生の方に顔向けるとうむと頷いて「そういうことだ」と言った。
ふーん、そうなのね。あ、でも思えば中学のときも何回かやってたかもな。
「よし、おふたりさん。もうそろそろ準備しな」
「はい」
「はーい」
そうして俺たちは準備にとりかかった。スパイクに履き替え、スターティングブロックの調整を行い、ユニフォームに着替えた。俺はそんなもの持ってないぞと言ったら先生がほい、と渡してくれた。随分準備がよろしいことで。
先生がスタートの合図のために銃をもって審判台に立った。
よし、いくぞ。
気合いを入れて顔を正面のゴールに向けたときだった。
俺から見てちょうど正面の観客席入口辺りに人影があることに気づいてしまった。
隣の凍也をちらと見るとこちらに向かってニコッと微笑んできた。多分こいつも気づいてるな。
そいつは膝に手をついて肩で息をしているようだった。
-まったく。寝てろって言っただろうが
そう、誰であろう。
昔は地味だった、けど今は明るくてちょっとウザい、俺を何だかんだ楽しませてくれるし心配もしてくれる、
紅島優香だった。
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