第11話 何も分かっていない
落ち着け、俺!あいつは別に何てことない問題だと言ったではないか。
「・・・そうか。けど、まだ決めつけるには早いんじゃねぇか?」
「うーん、いや。実は今日以外にも数日あの子のクラスの様子を観察したり、こっそり誰かに話を聞いたりしたんだけどよ」
そこで俊は少し、言い淀んだ。
何だよ、はっきり言えよ。お前らしくない。
「何があるってんだ?」
「・・・ああ。どうやらあの子の昔の姿を知ってるやつがいて、そいつがどうやら全員に写真をばらまいたらしい。それであの子の昔の姿を知ってしまった女子の大半からハブられてる」
話が見えてきた。つまりはこういうことだろう。今でこそ、THEイマドキのJKという感じの紅島だが、「昔はこんなに地味だったんだよ?知ってた?高校デビューかなにか知らないけど見栄張っちゃって、マジウケる」的なことになったんだろう。
確かにたちが悪い。だがそんなんで挫けるようなやつじゃないだろう。俺はそう思っている。
「・・・なるほどな。確かに聞いてて心地良い話じゃねぇな。けど、あいつにそれとなく何か悩みでもあるのかって聞いたとき、別に何てことないって、言い切ったんだよ。なら、しばらくは放っといていいんじゃねぇか?」
「そうなのか?・・・けどよ、それって強がってるんじゃねぇか?」
そんなこと言われてもな。俺にはわかんねぇよ。あいつが何考えてるかなんて。
それにたとえ強がりだとしても俺は本人の意思を尊重したい。本当に助けが必要になったら自分から言い出すだろう。それまではいらん世話を焼く必要はない。
俺はぶっきらぼうに言った。
「知らねぇよ、そんなの。本人がそう言ったんだ。しばらくは様子見でいいんじゃねぇか?お前もあんまあいつの個人的なことに首突っ込むんじゃねぇよ」
俊はしぶしぶといった感じではあったが「・・・そうだな」と答えたのだった。
それにしても、こいつはどうしてそこまであいつのことを気にかけているのだろうか。
・・・・・まさかな。
あるひとつの可能性が浮かんだが、すぐに否定した。
****
その日の放課後。
俺が荷物をまとめていると、誰かが近づいてきた。顔を上げてみると、
「あ、ああ。氷崎さん」
彼女は何を企んでいるか読めない、薄っぺらともとれる笑みを浮かべていた。
「遠くから見てたわよ。けど、ちょっと昔に比べると何というか、フォーム?が乱れていた」
え?何、何のこと?
と一瞬思ったがすぐに50メートル走のことだと思い至った。
それにしても、そうなのか。遠目からも分かるくらいフォームが乱れていたのか。
「そ、そうか・・・?」と曖昧な返事をすると彼女は頷いた。
「だから、かっこよくはなかった。凍也との勝負の時は、最高にかっこいい走りを見せてよね」
氷崎さんはぱっと花が咲くように笑いかけてから、俺のもとを去っていった。
俺はそんな彼女の笑顔にただ照れるしかできなかったのだった。
なにあの子。俺の走りのファンってこと?
そんな俺と氷崎さんのやりとりを見ていた近くのやつらが
「なぁ、何で神ノ島と氷崎さん、あんなに仲良さそうなんだ?」
「それな!よくわかんねぇけど、氷崎さん、あいつのことを可哀想だとか思ってるんじゃね?」
とかいう会話をしていた。
こっちが知りてぇっつーの!
でも俺のことを可哀想なやつだと思っている説はありえるな。でなければどうして俺に構ってくれるのだろうか。自分がフッた相手がいつまでも落ち込んでいたりすると、何だか申し訳ない気持ちになる、とかか?
やはり俺はまだ氷崎さんのことをほとんど何も理解できていない。
しばらくは窓の外を見ながらそんなことを考えていた。
****
今日も中学校が使えるらしく、そこでトレーニングを始めた。
「いいですか、先輩!タイムはそこそこ伸びてきていますが、やはり走ることにおいてフォームは大事です。そこで今日は上崎先生が直々に見てくれるそうです」
と、紅島は言った。別に特に様子がおかしかったりするわけではない。
「ま、まぁな。やっぱお前から見ても今日の走りはブレてたか?」
「はい!それはもう、ブレにブレてました!」
紅島はジェスチャーを加えながら大げさに言った。ダメですね、俺。まだまだだ。
「んで、先生は?」
「もうすぐだと思います。あ!せんせーい」
紅島が階段の方に目を向けたので俺もそちらを向くと、ジャージを着てサングラスをかけた上崎先生がいた。
先生は体育教師で俺が現役だったころにそこそこお世話になった人だ。ちなみに性別は男、年齢は確か今年で35だったか?
先生はゆっくりと階段を降りてグラウンドを俺たちの方に向かって歩いてきた。
「よう、二人とも。今日は俺も少し時間があるから俺が見てやる。感謝しろよ」
先生は近づいてきたと思うといきなり俺と肩を組んできた。悪い人じゃないんだが、距離感が近すぎて若干ウザい。
俺は露骨に嫌悪感を滲ませて言った。
「あーはいはい。ありがとうございます」
すると先生は俺の背中をバチッと叩いて「わははは」と笑った。いってぇな。
「よしよし。あ、そうだ」
先生は何か言うべきことをを思い出したらしく俺の耳元に顔を近づけてきた。
そして近くにいる紅島には聞こえないくらいの声でこんなことを言った。
「お前、幸せ者だよな。お前のために必死になってくれる、あんなに可愛い後輩がいてよ。あの子、お前があんなことになっちまった後もお前が心配で心配でしょうがなかったんだぞ」
「・・・・・」
ちらりと紅島の方を見ると、こてんと「何ですか?」と言わんばかりに首を傾げた。
正直、あいつには感謝している。だけど俺は感謝してもしきれないのかもしれない。
俺が「そうですが」と言うと、先生は「大切にしろよ」と言って俺から離れた。
「何話してたんですか?」
案の定、紅島が内容を聞いてきたが先生は即座に、おどけながら答えた。
「いやー!男と男の話ってやつさ。なぁ、大貴?」
と振られたので俺も「ま、まぁな。そういうことだ」と言っておくと紅島は不服そうだったが「ふーん。そうですか」と言ったのだった。
「よし、時間も持ったいねぇし、始めるぞ」
それから一時間ほど先生や紅島に見てもらいながらフォームの修正やらなんやらを行い、終了した。日は大分落ちてきてあたりは少しずつ茜色を帯びはじめていた。
先生にお礼を言って中学校を後にした。
「先輩、あと二週間くらいです。頑張って仕上げましょう」
「・・・・おう」
まぁ、確かに俺は頑張らなければならない。が、やはりこいつには言っておかないといけないことがある。
ふと見上げた空にはカラスが二匹、かぁかぁと鳴きながら飛んでいた。
「お前さ。マジでもう、そんなに俺に構う必要ないぞ。ある程度ひとりでもできるし。友達とか作ってそいつらと楽しく過ごしてもいいんだぞ?少なくとも俺のようなほぼ孤立してる人間にはなるな」
しばらく紅島は無言だった。何となく顔を見ることができなくて俺は空を見たままだった。
少しして紅島が口を開いた。
「・・・まぁ、それも、そうですね。先輩は別に私が四六時中見てなくちゃトレーニングできないわけじゃないですよね。じゃあ、平日は3日間だけにします」
口調は穏やかであったのだが、哀しげともとれた。気になったのでちらりと表情を見てみると分かりにくかったがやはりどこか哀しげに見えた。
-何でそんな顔、してんだよ。
気づけばいつの間にか俺の家の近くまで来ていた。
「じゃあな」と言って去ろうとしたがもうひとつだけ言っておくことがあった。
こんなセリフを吐くのだから当然、紅島の顔は見られなかった。
「何でも言えとは言わない。けど、どうしても手に負えないことが起きたら俺とか俊とか誰かを頼れ。そうすれば、何かはしてやれるかもしれない」
それだけ言い残して俺は自分の家に入っていった。なぜだか紅島が笑ったような気がした。
****
なんやかんやあったものの、あっという間にまた一週間が過ぎた。トレーニングは途中まで順調だったものの、あるところまで行くとタイムが縮まらなくなり俺は少し焦り始めていた。
だがそれとは別に。
少しずつだが氷崎さんとコミュニケーションをとるようにし始めていた。一応、約束みたいなことはしたしね。彼女を理解し、俺のことを知ってもらうためだ。相互理解はコミュニケーションにおいての基本。
昼休み。
「ね、ねぇ氷崎さん。凍也のやつ、何か言ってた?」
「ん?いや、特には。ただ、『待ってろよ』とは言ってたわ」
「・・・そっか。じゃあ俺からも『期待しとけよ』って言っといてくれ」
氷崎さんはフフッと笑って「ええ、分かった」と言った。
あ、そうだ。聞きたいことがあるんだったな。風の噂で聞いたことだ。
「あ、そう言えば氷崎さん、生徒会に入るんだって?」
そこら辺のやつらが話しているのをたまたま聞いたのだ。
「あー、聞いたの?そうよ。生徒会に入れば内申も上がるしね。家がうるさいというのもあるけど」
へー。なかなか興味深いことを聞いた。
「親が厳しいとかそういうこと?」
俺が尋ねてみると「そう」と言って頷いた。
一瞬、俺も入ろうかな、なんてバカなことを考えてしまった。
そしてもうひとつ聞いてみたいことがあった。
「氷崎さんってさ。昔・・・好きな人とか、いた?」
明らかに氷崎さんの顔色が変わった。
「何で、そう思ったの・・・?」
なぜか。
「それはさ、ほら。俺に、どうして構ってくれるのかなって、思ったわけ。もしかしたら昔に誰か好きな人がいて、でもフラれた。その時自分が傷ついたことを覚えてて、だから俺にも優しくしてくれてるのかな・・・って思った。違ったらごめん」
彼女はしばらく考え込んでいたが、少しして「その通りよ」と言うのだった。
マジか。けど何だったんだ、今の間は?
「そこまで当てられちゃ、言うしかないわね。少し聞いてくれる?」
俺は頷いた。
氷崎さんはゆっくりと自分の過去の話を語り始めたのだった。
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