極彩色のトランペット
南 陽花
第1話 遠き山に日は落ちて
あの日から、全てがモノクロだ。
灰色で溢れたつまらない世界で、私は生きている。
部屋の隅に置かれた、小さなハードケース。持ち手にはRIN.Hと刻まれたレザー調の小さなネームタグが付いている。
「結も来る?」
吹奏楽部の練習の無い日、あるいは午前中で終わった日の午後には、姉はよく近くの河川敷にトランペットを吹きに行っていた。
姉は気まぐれに私を誘い、私も気まぐれについて行く。そんな距離感の、それなりに仲の良い姉妹だった。
姉について行った日は、私はいつも姉の右隣りでただただ姉の音を聞いていた。
青く柔らかな芝生の上に座りながら、キラキラと光る水面を目で追いながら、キンモクセイの香りに包まれながら、時には冷たい風に鼻を赤らめながらでさえも、通いなれたあの河川敷の、姉の隣で聴くトランペットが、どんなホールで聴くソロよりも好きだった。
堂々と響き渡るのに、柔らかく空に広がって溶けていくような、川の流れにそっと寄り添うような、明るく社交的で優しい姉の性格をそのまま紡ぎだしたような温かい音色だった。
「右の小指はここに引っ掛けて、左手はここに指を入れて……そうそう、似合うじゃん!」
姉は時々自分のトランペットを私に持たせてくれた。初心者用のマウスピースで音の出し方も0から教えてくれ、私は簡単な曲が吹けるようになった。そんな私を見て、姉はひたすらに褒めてくれた。
「高校生になったら、一緒に吹奏楽やろうよ!絶対才能あるよ」
「そんなことないよ。それに私はこうやって、お姉ちゃんの隣で聴いてるのが一番好き」
私は姉にトランペットを返しながら答えた。自分で吹くよりも、姉の音を聞いているほうがずっと楽しい。それが本心だった。
「そっか。二人で演奏出来たら楽しそうなのにな」
姉はあっさりとしていたけれど、少し寂しそうだった。ゆっくりトランペットを構え、柔らかく息を吸う。
姉の十八番「遠き山に日は落ちて」が、真っ赤な夕焼けに溶けていく。
夕陽を受けたトランペットは暖かな黄金色に輝いていた。
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