向井さんチの小神様!?

一色まなる

第1話 おこさま、現る? 【前編】

オバケ。

それは目に見えない「ナニカ」時々そいつらは、人間にちょっかいを出してくる。

時には命を奪う……なんてことも。

でも、オバケには大抵弱点がある。

一つ、日光。

一つ、お経。

一つ、塩。


弱点が分かってるから、人間はオバケを怖がらなくて済むようになっている。でも、私の家はちょっと困ったことになっている。

「乙葉姉上、はちみつをとって下され」

 そう、「オバケ」だ。

 私の隣でシリアルとヨーグルトを食べている「オバケ」がいる。オバケというには、下半身が無かったり透けてたりするはずなんだけど「オバケ」はがっつり見えているし、昨日なんか普通にお風呂に入っていた。

 背丈は私とそう変わらないくらい。特徴といえば、男の子にしては長い髪と、昔の人みたいな喋り方。喋り方が古いだけで、普通にインターネットサーフィンしてた。

「小萌、手が止まっているではないか。早く食べねば、学舎の門が閉まってしまうぞ」

「わ、わかってる」

 あわてて私が朝ご飯を食べていると、お姉ちゃんがため息をついた。学校の委員会で早くでないといけないので、もうランドセルを背負っている。

「或斗、そういうあなたこそ食べるのが遅いじゃない。人のことを言う前に自分のことを何とかしなさい」

「はぁい、乙葉姉上」

 そして、お姉ちゃんやお兄ちゃん達にものすごく素直。

「じゃあ、俺達は部活に行ってくるから!」

「或斗、小萌。ちゃんと時計を見ていくんだぞ」

 そう言って玄関から声がしたのは二人のお兄ちゃん達。中学校の朝練が無い日なので、今日はお姉ちゃんと一緒に行くみたいだ。

「分かっております! 陸斗兄上! 岳斗兄上! いってらっしゃいませ!」

「おー、元気な声!」

 陸斗君の方かな。がちゃん、と家のドアが閉まる音がしたのに、「オバケ」は大きな声で言った。

「はい! 陸斗兄上、小萌は僕が命に代えましてもお守りします!」

 そう言って、キラキラと顔を輝かせる「オバケ」に私は大きなため息をついた。


 私の家には「オバケ」がいる。それも、私の双子の弟として、ね。名前だって「向井或斗」なんてつけられている。だれ一人、「オバケ」だなんて気づいていない。気づいているのは私だけ。登下校も一緒。周りのみんなは「仲がよくって素敵」だなんていうけれど、私からしたらいつ襲ってくるのか気が気じゃない。

 今はニコニコしてお兄ちゃん達と仲がいいからって、相手は「オバケ」なんだ。そう、家族を守れるのは私しかいないんだ。


 幸い、教室は分けられているから学校にいる間はあんまり会うことが無い……ハズなのに。

「小萌! 今日はこんなにも晴れておるのだぞ、外でサッカーをしようではないか!それとも、句会の方がよいかや?」

「なんで昼休みに話しかけてくるのよ」

 私は図書館に行く道を「オバケ」に通せんぼされた。私は外で遊ぶより本を読む方が楽しいし、好きだ。それなのに、「オバケ」が来てからというもの、毎日のように外に連れ出される。まるでお姉ちゃんが二人に増えたみたい。

「昼休みくらいしか話せる時間がないからに決まっているではないか。この学舎は確かに勉学をするにはこれ以上と無いすばらしい物ではあるが、句会の一つもできぬのは難儀なものぞ」

「いや、別に学校のことをレビューしても意味わかんないし。それに、私はこの本を読んでいたいの。邪魔しないでよ」

 むぅ、と「オバケ」が目を不満そうに細めた。

「ならば、良い場所をあないしよう」

「は?」

 私が首をかしげるより早く、「オバケ」は私の手を引いて歩きだした。


 「オバケ」が連れてきたのは、校庭の隅っこの大きな木の下だった。遠くでみんながサッカーや長縄、鬼ごっこをしている声が聞こえてきた。

「さ、この上に座るとよい。とても良い円座を用意したのだ」

 どこから出したのだろう。「オバケ」は丸い畳のようなものを出して、木の下に置いた。

「あんたはいいの?」

「僕は木の根で十分だ。それに、服はあまり汚さぬようにと母上から言われているのでな」

「それもあるけど、サッカーしたかったんじゃないの?」

「そうさな……」

 そういうなり「オバケ」は黙りこくってしまった。ときどき「オバケ」は黙ってしまうことがある。そんな時、私は身構えてしまう。本性を出してくるんじゃないか、って。

 ざぁざぁ、と夏の風が音を立てて流れていく。

「僕はここにいられることが幸せだから」

 幸せ。そんなことを初めて聞いた。オバケって幸せを感じるものだっけ? オバケって、誰かの幸せを奪うんじゃなかったっけ? 私はページをめくるのも忘れて、「オバケ」を見ていた。

 はっとして、私は本を開こうとすると、手が滑ってしまった。落ちてしまった本を誰かが拾った。

「あ、小萌ちゃん」

「恵理ちゃん、ありがとう!」

 同じクラスの恵理ちゃんが本を拾ってくれた。恵理ちゃんとは幼稚園の頃からの友達で、家にも何度も来てくれた。そして「オバケ」を「向井或斗」だと思っている一人。

「恵理殿、かたじけない」

「いいのいいの。たまたまだし。それにしても本当に仲がいいんだね」

「そうだろうそうだろう! 同じ日に生を受けたのだ、仲が悪いわけがあるまいて!」

「それもそうだね。何度も聞いたの忘れてたよ」

 恵理ちゃんはくすくす笑っている。私は本で顔を隠してその場を逃げようとする。なんでこの「オバケ」はことあるごとに、私ときょうだいだってそんなに嬉しそうに言うんだろう。お陰で、学校中のみんなが知っていることになっている。こないだなんて、一年生の子から「サムライの姉ちゃん」なんて言われたんだ。

「あ、そうだ。さっき先生たちが話しているの聞いたんだけれど。小萌ちゃん、飼育小屋って知ってる?」

「あ、二年生の時まであった、ウサギの家だっけ?」

 二年前まで、この学校にはウサギがいた。でも、動物アレルギーの子ども達が増えてきたので、最後のウサギが死んでからは空っぽになっている。

「飼育小屋、夏休みに壊すんだって」

「へぇ……」

「岳斗君、悲しむだろうね」

 恵理ちゃんがちょっと俯きながら言ったのは、岳斗君の方だった。

「岳斗君、ずっと飼育委員だったもんね。最後のウサギも岳斗君たちが名前をつけて可愛がってたもんね」

「ウサギを飼う? 肉を食うのか?」

「食べないよ!?」

 二人で声を合わせて「オバケ」にツッコミを入れた。それでも納得していないように腕を組んでうなっている。

「………調べる必要があるな」

「どうしたの? 或斗君?」

「いや、なんでもない。恵理殿、あと少しで昼休みが終わってしまうぞ。やり残したことはないだろうか?」

「あ! いけない! わたし、さっきのどかちゃんに色鉛筆かしてたんだった! ありがとう或斗君! 小萌ちゃんもまたあとでね!」

「うん!」

 私は手を振って恵理ちゃんを見送ると、やれやれと小さな畳に座った。今日の本は妖精と会話のできる男の子とそのお友達が砂漠の国から国へと旅をする物語だ。シリーズも出ていて、私はこれをずっと追いかけている。長い休みが終わるたびに続きができていないか楽しみだった。

 熱いくらいの日差しが、砂漠のイメージにぴったりで、私は思わずページをめくっていく。時々吹く強い風は、足が速い主人公みたいで思わずくすっと笑ってしまう。  

 やっぱり、本は楽しい。

 でも、本みたいな毎日はいやだな。


 そんな願いも、神様は聞いちゃくれなかったようで。

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