末代までの呪い
「この方程式は次のテストに出るところだから、しっかり覚えておくように! あと、明日は小テストだからな~。予習、復習忘れるなよ~」
白いチョークを黒板に打ち付けながら、数学の男性教師が生徒達にそう言うと、当然ながら教室内に怒涛のようなどよめきが生まれる。
皆が思い思いに色々な文句を言い合う中、冴歌は一人窓の外に目を向けていた。
雲一つない晴天。空気も澄んでいる。
昨日言っていた予報士の言う通り、今日の夜は月がとても綺麗に見えるに違いない。
朝からずっと胸の奥でザワザワとした胸騒ぎが止まらないのは気のせいだろうか……。
本当に何事もなく、平穏無事に今日という日が終わるのだろうか……。
「さ~えか! お昼、食べよ」
ふと名を呼ばれた冴歌は、驚いて後ろを振り返る。
いつの間に授業が終わっていたのだろうか。自分の机にはお弁当箱を持った親友の
「あ……月葉」
「何? どうしたの? 考え事してるみたいだけど」
そう言いながら、月葉は冴歌の前の席の椅子を引き寄せ、背もたれを抱き込むように跨って腰をかけた。
「う、うん。ちょっとね。昨日変な夢見ちゃって……」
「変な夢? どんな?」
月葉は自分のお弁当箱の包みを開きながら、あまり興味がなさそうに訊ね返してくる。
「う~ん……簡単に言うと、もの凄く人を恨んでいる人が、恨み節を残して死んでいった、みたいな」
「何それ」
「よく分からない。でも凄く怖かったの。よく聞くじゃない? 日本のホラー映画にある、この恨み晴らさでおくべきか……って言うやつ」
その話を聞いた月葉は、箸を咥えたままふいに不適に笑う。
そう言えば、この子はホラー映画が好きな子だった。日本の四谷怪談なんかは本当に初期の、テレビがカラーではない白黒時代のが特にお気に入りだと。彼女の言い分では「色がない方が逆に薄気味悪くて怖いから好き」らしい。
そんな彼女には、まさに大好物と言える話題だと言える。
「それ、つまりは末代まで呪い祟ってやろう、って言う?」
「そう、それ」
「ふ~ん、随分深く想われてるんだねぇ」
「はぁ?! 止めてよ。本当に怖かったんだから!」
ムッと顔を顰めて反論すると、月葉はへらっと笑いつつ「なんちゃって~」と言いながらお弁当の蓋を開け、「やぁおかず君たち。今日の君達もとても美味しそうだよ」と妙な言い回しで物言わぬお弁当の中身を見て、ほくほくとほほ笑む。
月葉は昔から変わった子だ。本人にしてみれば至って普通の事だと言うが、他の目から見ると変な子だと思われても仕方がないような発言や行動を取る事が多い。
冴歌が初めて月葉に出会ったのは小学校の入学式の時だ。
両親と共に校門前に掲げられた「入学式」の看板の前で写真を撮っていると、月葉は前日降って出来た水溜りをじっと見つめていた。そして何を思ったのか、突然真顔で「好きだー!」と叫びながら水溜りにダイブし、せっかくの綺麗な洋服を汚して親に怒られている姿を見たのが始まりだった。
なぜ水溜りに告白したのか。それは後々知った事だが、ただ彼女は単純に水溜りが好きなだけで、それ以外の意味は特になかったのだという。
まだ幼稚園や保育園から上がったばかりの子供には、ありがちな行動だと言われればそうなのかもしれない。ただ少々、女の子の割には落ち着きがないだけの話だった。そして泥まみれになってしまった月葉とは同じクラスになり、席も近かった事もあり、次第に仲が良くなっていったのだ。
「って言うかさ~、その末代までって言うの、実は子孫とか関係ないんだってね」
目の前のミニハンバーグを箸で刺しながら月葉がそう言うと、冴歌は不思議そうに見つめ返してくる。
「え? どういう意味?」
「こないだテレビで言ってたんだけど、末代って言うのは、実は恨む相手が死んだ後も呪ってやるって言う可能性? みたいなやつらしいよ?」
突き刺したハンバーグを美味しそうに頬張りながらそう言うと、感心したように目を瞬かせる。
「へぇ……そうなんだ。知らなかった」
「でもさぁ、言い換えてみれば、その人が特定の人を憎んで死んでもその相手をずっと恨んでるって事は、凄く相手を想っている事でしょ。ある意味ロマンチック?」
「そんなわけないでしょ! 好意で想われるのとは意味が違うもの。死んでも憎まれるなんてごめんだわ!」
眉根を寄せ、不機嫌そうに冴歌もソーセージを摘み上げて口に運ぶ。だが、そのすぐ後に短いため息をこぼした。
死んでも憎まれるなんてごめんと言いながら、もしかしたら本当に憎まれているのかもしれないと思うと、気持ちが落ちる。
「何? どしたん?」
「……うん。そんな夢を見たからって、まさか眠れなくなるとは思わなかったよ……。小さい子供じゃあるまいしさー」
肩を落とし、箸を置きながらもう一度ため息を吐く冴歌に、月葉は「ほんと、小さい子供みたい」とバカにしたように笑いながら頷き返した。
月葉は冴歌にとって気の置けない親友だ。毒づいた発言をしはするものの、それが本気でない事を分かっているからこそ、そのまま笑って受け流せる。きっとこれからも、彼女は唯一無二の友人でいてくれるだろうし、冴歌自身もそれを望んでいた。
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