3-5.part.T:見えない
「はぁーぁ。
てっぺんに行ったら何があるんだろう?どう思います、河岸さん?」
どっしり立派なソファに腰を下ろしながら呟くポアちゃん。今日も可愛いし、絶好調で連勝中だ。
「さぁ、どうなんだろうね」
隣に座ると嫌な顔をされるので、俺は背もたれ側に軽く腰かけた。
このソファも勝った相手から貰った物だ。対戦相手が『何でもあげるから、殺さないで!』と泣き叫んで助けを乞うのを見かね、彼女はたまたま目についたソファを貰った。『恐喝みたいでいい気はしない』なんて言っていたが、ソファの座り心地はよくて気に入っているらしい。
「まぁ、この調子だと、あっという間に、てっぺんに辿り着いちゃうだろうし、心配いらないかもですねー」
「……ほほほ、そうとも限りませんヨ♪」
耳障りな高い声が響いた。壁に映るポアちゃんの影がギュルンとこちらを向いて、不気味な笑顔を作る。……七篠Pだ。
「次のお相手は今までのような筋肉バカではないようですし、おすし☆」
Pの言葉と同時に、部屋の上昇が止まって、向かい壁がすーっと消えていく。……次の対戦だ。
「さぁ、どうぞ☆対戦お始めくださいナ♫」
しかし、そこには誰もいなかった。
「は?」
真っ白な部屋には椅子すらない。ただの四角い空間に呆然としていると、隣にいた芳生くんが突然後ろへと吹き飛んだ。
「……っ?!」
慌てて振り向くと、壁で大の字になる彼。まるで見えない誰かに押さえつけられているように。
「河岸さん!避けてっ!」
ポアちゃんの叫ぶ声が聴こえるや否や、今度は俺が胸に強い衝撃を喰らった。……目の前には誰もいないのに。みぞおちの刺すような鋭く激しい痛みに、身体が九の字に曲がり、呼吸も思考も止まる。
しかし、攻撃はそれで終わるわけもなく、うつむいた顔面に追撃が来た。多分膝蹴りだったのだろう。鼻が破裂したような感覚とともに、視界も頭の中も真っ白に染まる。上も下も分からなくなって、倒れた俺はただその場でのたうち回ることしか出来なかった。
――錆の匂いに満ちた中。
思考が出来るくらいには痛みが引いて、揺れる視界で、身体をゆっくり起こすと、ポアちゃんが小さくうめき声をあげながら、空中で弾んでいた。まるで透明人間がリフティングでもしているように。
「あっ!もう目が覚めちゃった?ドゥフフフw」
彼女がベシャっと床に落ちた。
「あーぁ、せっかく50回まで続いてたのにな。美少女ボールのリフティング!ドゥフフw」
くぐもった低い声が部屋に響く。人を小馬鹿にしたような少し軽い声。しかし、部屋には俺たち三人以外見つからない。
「……げほっ、……っつ。……透明なんですよ、この対戦相手は」
ポアちゃんの掠れた声が部屋に響く。血塗れになった彼女はよろよろ立ち上がると、ペッと赤い唾を吐いた。
「……存在しているのに、目に見えない。
しかも、ただ透明の身体をしているってわけじゃない。ボクの身体をこれだけ血だらけにしても、自分には全く血がつかないんだもの」
そこまで言うと、部屋の真ん中の空間をにらみつけるように見ながら、ゆっくり後ろに下がった。
「ドゥフフwwwww
んんっ、さっすがよく気づいたね。カワイ子ちゃんwwwwwんんっwwwww
その通り、オレはただ透明なわけじゃない。オマエらがオレを視覚で認識できないんだ。
……それがオレの"願い"への代償。周囲から存在を認識されなくなる……。
……んんっ、おかげで女湯覗いたり、万引きしたり、逆にやり放題wwwwwwむしろ、オレの天下的な?wwwwwまぢ
最悪な
……でも、俺にはどうしようもない。……そうだ、別に一回負けるくらいいいじゃないか。今回は降参して、他のバトルで勝てば……。
そう思ったとき、後ろから消え入りそうな声が聴こえた。
「……河岸さん」
芳生くんだ。痣だらけになった顔をしかめつつ、這いつくばって身体を寄せてきた。
「降参、しますか?」
「そりゃ……」
答えかけて、押し黙る。掠れた声で俺に尋ねる彼の眼には、言葉と裏腹に強い光が宿っていたから。まだ負けてはいないという強い意思が。
「……何か策でもあるの?」
小さく頷いて、連絡手段として使っていた十字架のネックレスを差し出した。
「これを着けた状態から、無理矢理引きちぎると、現実に強制退去させられるんです」
「強制退去?」
『……えぇ、そうよ。』
ネックレスから
『ネックレスを壊すと装着者を現実に帰らせる仕組みをつけてたの。その子たちを緊急脱出させるために、ね』
ため息交じりのその声から、彼が逃げるよう説得したのだろうことが察せられた。俺だって、そう考える。ここは逃げるべきだ。あんなに強いポアちゃんすら、手も足も出ない相手に俺たちが敵うわけない。
「なんか、悔しいじゃないですか。ここで逃げるのは」
芳生くんは眉間に深いシワを寄せて、ふらふらしながら立ち上がる。……もしかしたら、どこかの骨が折れていたりするのかもしれない。
「もし逃げるにしても、あと少しだけ出来ることをやってからが僕はいいです!」
……大人として、止めるべきところではあると思うのだけれど、彼の若さが眩しくて。俺の弱さが情けなくて。
ぐっと奥歯を噛みしめた。鉄の香りが肺に満ちる。
「……OK、わかった。じゃあ、策を聞かせて。
泥船に乗るつもりはないし、怪我する前には逃げるからね」
そう言うと、彼は血塗れの俺の顔にクスクス笑って頷いた。
さぁ、窮鼠の矜持を見せてやろう。
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