1:首を長くして願う

1-1. part.Y:青空の下誘われて

 ぼんやり外を眺めていると、パッと視界が真っ白に塗り潰される。それはビルの反射光。ガラスに跳ねた陽射しの欠片。なぜか直接太陽を見るよりも眩しく感じた。


 眩しさ慣れた視界に映る空は爽やかな青。雲の白さが際立っている。日射しも暑いというより温かく、心地いい。何だか、深呼吸すらしたくなるほどに。

 ここが自動車の中でさえ無ければ。


「そろそろ窓閉めたらー?」

 と、助手席から令さんが言った。

 びゅーびゅー吹きつけてくる風で、僕の肌はパリパリになってきていた。


「あんまりねないであげてよー、こんな頼りないおじさんにあちこち連れ回されて、不愉快なのは分かるけどさ」

 黙ってハンドルを握る山野さんを横目に、彼女は意地悪に微笑む。

 ルームミラーを覗き込むと、彼の眉毛は八の字になっていた。


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「……で?

 僕はどこに連れて行かれるんですか?」


 もう何度も繰り返している質問を口にする。車の窓がジャアーっと上がっていくのと同時に、自分の表情もすぅーっと消えていく気がした。山野さんの困り眉を見ると、少し後ろめたくもあるけれど、少しくらい無愛想に振る舞ってもいい筈だ。


 だって、今日の放課後が丸々潰されたのだから。部活が休みだから、本屋さん巡りでも、しようと思っていたのに!どうして、車に押し込められて、都内をぐるぐるぐるぐる回ってるんだよ!


「いやぁ、そのぉ…。ちゃんと、親御さんには連絡してるんだよ?」


 山野と名乗った無精髭のおじさんは、歯切れの悪い応えを繰り返すつつ頭をかいた。10年くらい前に流行ったらしい無造作ヘアー。彼がしていると、ただの寝癖みたいで運転中に居眠りされないか、少し不安になる。服もなんだかヨタってるし。どこをとっても頼りない。

「君のことを守りたい」

 なんて、クサい台詞のナンパみたいなことをしてきたくせに。もう後悔を通り越して、うんざりし始めていた。


「うひひひひ。山野先輩、マジで誘拐犯みたいな言い訳。マジでウケるわ」

 ルームミラーに、令さんの意地の悪い冷やかな微笑みが写った。

 令さんは近所のお姉さん。山野さんはそんな彼女の職場の先輩で、叔父さんとも知り合いだという山野さん。

 ただ、令さんも『先輩』と呼ぶ割に、彼への敬意が全く感じられないんだよなぁ。僕はとの間に挟まることなく、ずっと面白がって見てるだけだし。


 ぼんやり考えていると、令さんは“近所のお姉さん”の顔になって、頼もしく笑った。


「まぁ、こう見えてこのおっさん頼りになるから、安心してな!」



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「電線の上の男の話、詳しく聴かせてくれない?」


 モゴモゴしてばかりの山野さんに代わって、令さんが説明してくれたことによると、二人はホントに僕を守るために来たらしい。


「聴いたことあるでしょ?『願いの叶う部屋』」


 もちろん、知っている。ちょうど学校でも、ここ最近ずっと話題になっていた。

 どんな欲しいものも手に入る『魔法の部屋』だと。ただ…。


「行った人は神隠しにう。だよね?」

 小首を傾げてを振り向いた令さんは、いつの間にか、眼鏡をかけていた。こうやって、やたらと小道具を使いたがるのを見てると、ある意味今の職場は天職なんだろうなと思う。

 新卒で入った会社をやめた彼女。数年前まで毎日唸り声をあげながら、就活したり、出勤したり、転職活動をしたりしていた日々をふと思い出して、少ししみじみとしてしまった。


 あぁ。少し話が逸れてしまった。問題は『願いと引き換えに行方不明になる部屋』。

 ここのところ、行方不明のニュースが妙に増えていた。普通に愉しく暮らしていた人たちが、ある日、突然いなくなってしまう事件。失踪にしては不自然で、誘拐にしても痕跡が無い。そういう警察もお手上げの事件が、日本の大都市、特に首都圏で異常なほど頻繁に起こっていた。

 うちの学校でも先輩がひとり行方知れず……。しかも、最近『例の部屋を訪れていた』という噂もあって、学校ではこの話で持ちきりだったのだけれど。


「やっぱり、学校は噂話が広がるの早いよねー」

 ニッコリ笑う令さん。

「あの部屋と『電線男』が関係あるかどうか、まだハッキリしないんだけど、ひょっとしたら、芳生くんも巻き込まれちゃうかも」


 彼女の爽やかな笑顔を見ながら、ゆっくり唾を飲み込むと、何だか酸っぱい味がして、鼻の奥がツンとした。


 車はさっきのビルに近づいている。太陽がパッと陰から顔を出し、僕の視界を再び白く塗りつぶした。

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