歪にそびえる塔は崩れても

おくとりょう

第1部:明星は塔の上

prologue:架線にしゃがむ青年

0-1. part.Y:非日常は窓の外

 車窓を流れていく池袋の街並み。高い建物が青い空によく映える。それは、息が詰まるような満員電車からは、より爽やかでより鮮やかに思えた。今日も気持ちいい一日になりそうで、僕は小さく息を吐く。

 だけど。ふと、いつもの景色に違和感を覚えて、目を凝らした。



 今なら、分かる。

 目に見えるものだけが、世界のすべてではないということ。そして、見えているものも、視えるもののほんの一部でしかないということ。




 窓の外。青空を背景に、しゃがみ込むひとりの男。彼がいるのは電線の上。まるでスズメやカラスのように、架線の上にいることがさも自然なことのようにしゃがみ込んでいた。


「!?」

 自然に感じられる妙な非日常に呆然としていると、一瞬目が合った。

 ……ような気がしたのも刹那せつな、あっという間に車窓の景色の一部として流れていった。首を伸ばし、目を凝らして見たけれど、もう彼らしき姿は見えない。いや、見間違いだったのだろう。


 狐に化かされたような面持ちで、ぼんやりしていると、乗換案内の車内アナウンスが流れてきた。


 一体何を見間違えたのだろうか。

 あの瞬間、彼と目が合った気がするのだけれど。その瞬間何か見たこともない光景が頭に浮かんだ気がするのだけれど。



 電車の扉が開いて、よどんだ車内に外の空気が流れ込む。



 そうだ、塔だ。いつかどこかで見た、神に抗うかのように天を目指す高い塔。


 思い出すと同時に人波に流され、僕はそのまま人混みへと紛れていった。

 そして、その後しばらくはそんなことがあったことすら、忘れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る