第5話
今、私の目の前には半分腐敗した遺体が転がっている。
両手合わせて10本の指の腹は焼かれ、半ば開いた口の中には歯が一本もない。
遺体がまだ生きていた頃、自らの手で行った所業であるということを私は知っている。
1年前に社会から姿を消した青山羊円は感染症で人の往来がほとんどなくなり沈黙した嘗ての故郷に乗り込み、儀式に関わった上で2年前に罪に問われることなく逃げおおせた者たちを1年という長い時間をかけてすべて殺した。
Q県のSという一族が取り仕切るFと呼ばれる土地は本当に辺鄙な場所だ。だから、神に捧げる儀式という名目で小児性愛者たちの狂騒を許してしまったのだろう。この土地で生まれ育った者は誰も口を開かなかった。それが通常だったから。告発する者がいなかった。青山羊円の母親のように逃げ出す者はほかにもいたのかもしれないけれど、そういった者は具体的に『何が』行われていたのかを知らなかった。これは私の推察に過ぎないが。だから告発が遅れた。何十年、何百年と野放しにされていた。
「神はいるのか?」
青山羊が私に尋ねる。私には死者の声を聞くことができる。そういう、いち弁護士に必要のない能力を持っている。
私は顔を上げ、ぐるりとあたりを見回す。ここは青山羊円の生家である。彼を女児として育て生贄として差し出そうとした父親が晩年ひとりで住んでいた家だ。その父親の遺体も見た。寝室に敷きっぱなしの布団の上に横たわり、滅多刺しの傷口は腐り果て、既に乾いていた。
私はこれから警察に行く。この村の有力者、Sの息がかかっていない、隣県の警察に。
「私にはこの土地の神のことは分かりませんが、」
いたのかも知れない。いたからこそ青山羊円の母親は逃げ延びることができたのかも知れない。この土地の神は川向こうの隣県に行くことができなかったから。
私には死者の声を聞くことができる。姿を見ることもできる。故郷の狂った風習にとどめを刺した後に自ら命を絶った青山羊円の遺体を、ちいさな子どもたちが取り囲んでいるのが見える。誰ひとりとして生きてはいない。癒えない傷を負わされたちいさな被害者たちが、青山羊円を愛おしむように見詰めている。
青山羊は儀式に関わった人間(つまり土地に住むすべての人間だ)を皆殺しにした後、儀式の舞台となっていた神社に火を放った。
「もしかしたら、この先はあなたが……」
返事はなかった。私がこの家を訪れた時には青山羊は既に遺体だったのだが、いま、彼は完全に事切れていた。彼を取り囲んでいた子どもたちの姿も見えなくなっていた。
青山羊の行方を案じていた薗辺出版の社員たち、それから『この世のものではないものが見える弁護士』である私に話を繋いだ
青山羊円に、神なんていないと、そう言ってあげられたら良かった。小さな悔いを抱えたままで私は青山羊の生家を出、田んぼ道に停めていたクルマに乗り込み、隣県の警察署へと向かった。
スケープゴート 大塚 @bnnnnnz
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