サクラ桜

エリー.ファー

サクラ桜

 誰かが私を忘れてしまう。

 それが怖くて、雪の上に足跡を乗せる。

 それが桜色をしているものだから、地球から離れているものたちは皆、桜が咲いたと考える。

 バカらしい。バカもいいところだ。バカ丸出しだ。

 私は所詮、桜にはなれない。桜の出来損ないでもない。ただの何か、だ。

 咲き誇ることもなければ、忘れ去られることに恐怖するしかない。音を集めて自分の音楽を作り出そうとしていたのに、気が付くと失ってしまう。

 サクラという曲を作って口ずさんでいた。春に合うと思っていたのに完成する頃には雪がちらついていて自分のことを恥ずかしく思う。もっと早く完成させる予定だったのに、次から次へと追い抜かれていき、気が付けばここに立っている。

 嬉しい気持ちはある。何もかも見えるから。

 寂しい気持ちはある。何もかも知ってしまうから。

 達観しているということなのか。いや、違う。ものを知らないから達観という言葉に酔いしれているだけだ。

 たぶん。

 そう、たぶん。

 私は恵まれているのだ。

 自分のことを正確に評価すればするほど、自分がわりと先頭に近いところにいることを感じる。走っていて、歩いていて、途中で休んでいて、しかし、私のことを見ている誰かの視線を感じる。

 それを浴びているからこそ、走れているし、また、心臓を動かしていられる。

 じゃあ、それらが消えてしまったらどうなるのか。

 あぁ、どうにもならないのだろう。

 もう、つらくもなんともない。正直、疲れてもいない。楽しいという思いしかない。

 本当に、申し訳ない。

 ここに嫌味はない。

 皮肉でもない。

 ただ、純粋に、桜になってしまう。サクラから桜へと姿を変えてしまう。

 未来が来てしまう。現実が来てしまう。しかし、それもすべて飲み込む桜吹雪になってしまう。

 遠くに見える光が、少しずつ近くなったような気がするだけで距離は変わらない。それが生きるということか、咲き誇るということか。

 失っているはずなのに、得られるものが多すぎるということか、大きすぎるということか。

 こんなにも息が上がっている。心臓が悲鳴を上げている。そう叫び続ける人がこんなにも溢れているのは、少しでも自分の生き方の参考にはなるだろう。

 参考には。ただの参考には。

 雪が降り積もっている。桜が咲いている。色が合わさっている。爽快である。

 これ以上に何か綺麗なものがあるか、あったらもってこい、反論してやる。

 受け入れてやらないというような狭い了見とは思わないでほしい。きっと本当に綺麗だったら、何の疑いもなく受け入れてしまうから。

 あぁ、滑るように進み、風のように鳴いている。

 あぁ、屑を拾い集めてきたのに、全部桜の花びらになってしまう。

 あぁ、誰かが歩いていた、走っていた姿も消えてきた。

 片足で地面を掴み、意思を蹴飛ばしながら、雪が氷になる瞬間を見極めて空を駆け上がっていく。

 夜が来ないのだから致し方ない。まだ朝日は続いている。退屈になるほどの加速を経験して、あくびが出るほどの速度で生きている。正面という概念が消える。自分を中心とした視界が見えている。

 冷静だ。これは残酷なほど冷静だ。

 風が背中を押している。

 死ぬにはもったいない日だ。きっと明日もそうだろう。


 これは、今日を頑張っているあなたのための物語だ。

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