第25話 誘い
「それではこちらへどうぞ。あとは警備兵さんにお願いします」
ドアから出ると、そこには8人の警備兵が待ち構えていた。
警備兵が指示するままに移動する。車内の窓越しに見たときよりも、皇宮からは威圧感を感じる。
近づくにつれ、その大きさを実感するのだが、想像の皇宮よりは小さい。
想像では無駄な程広く、贅沢の限りを尽くしている建物だったが、目の前にある皇宮はそうではない。
確かに優雅さは伝わるものの、贅沢の限りではなく、むしろ共和国の政治家屋敷に比べれば質素に見えてしまうほどである。その印象は皇宮の内部に入っても変わらないものだった。
皇宮に入りしばらく無言で歩いていたが、警備兵の足が止まる瞬間がやってきた。
「こちらでお待ちください」
警備兵が部屋を指す。誰も居ないが、入れと言われたら入るしかないだろう。
部屋は囚人向けや捕虜向けに作られているような質素なものではなく、室内は高そうな調度品であしらわれている。おおよそ、来賓向けの部屋なのだろう。
警備兵が部屋から出ていったタイミングでため息をつく。理由が見当たらない。歩きながら考えていたが、自分の中で納得できるような答えは出てこない。
今から処刑されるなら、こんなもったいぶらないで即実行して欲しいものだ。
それとも、処刑する前に共和国の情報が知りたいのだろうか。残念ながら、僕はまだ共和国の軍人だ。拷問されても口は割らないだろう。
いずれにしろ、僕が笑っている未来は見えない。諦めているからか、全てのことがどうでも良くなり、立派な椅子に身を沈めながら目を閉じる。
どうせなら、苦しまずに死にたいものだ。
死んだらダメだよ、と誰かに声を掛けられた気がしたが、無視する。僕は誰も知らない。守りたいものなんてなかった。だから守れなかった事実も存在しない。何もなかったんだ。
涙が出ていることを隠すように両手を目元へともっていく。何もないのに涙が出るなんて病気かな、と自らを嘲笑する。そして、逃げるように眠りの世界へ身を預ける。
「・・・君」
肩を揺すられる。
「そろそろお話をしたいのだが」
目を開けると、そこには見覚えのない顔があった。
「おお、目を開けたな。意識はしっかりとしておるか?」
「・・・はぁ」
思わず、気の抜けた声を発してしまった。彼の服装は煌びやかであり、身分の高さを示しているようだった。
「私が34代皇帝フレドリクソンだ。どうぞ、よろしく」
全身を支配していた眠気が弾ける、慌てて立ち上がり、敬礼をして名前を伝える。
「共和国軍特務聖剣部隊特殊兵、ネオと申します。見苦しい姿をお見せして大変申し訳ありませんでした!」
「うん、よろしく」
至って普通に。少しの笑いを浮かべながら返答した皇帝は僕に座るようにと促した。
「失礼します」
椅子に浅く座る。失礼以上の事をしたと自覚しており、背中には大量の汗が噴き出す。
「どうだい、帝国の様子は」
「はい。共和国と比べて、技術が進んでいることが至る所で確認でき、感嘆している次第であります」
嘘ではない。輸送車両に乗った時にそれを強く感じた。
「もう少し軽く話してもらって大丈夫だよ。幸い、ここには私しか居ないしね」
笑いながら語りかける皇帝にぎこちない笑顔で相づちを打ちながら考える。
そう、ここには僕と皇帝しかいないのだ。素手での戦闘は得意としていないが、1人くらいなら問題なく殺すことが出来る。
もし、もし僕がここで彼の首を折ったらどうなるのだろうか。共和国と帝国の戦況はどうなるのだろうか。
「ちなみに、私は弱いよ」
僕の考えを見抜いたのかもしれない。唐突に脈絡のない発言をする皇帝を観察する。
体は引き締まっており、年齢もまだ十分動けるほど若い。ここまでは普通だが、手を見ると普通の人ではないことが良く分かる。
何かの武術をやっていたのだろう。皮は固くなっているように見え、マメの痕が確認できる。どうやら、僕をそそのかしていたようだ。
「そうだ、そろそろ本題に移ろう」
懐中時計を気にして、彼は僕に本題を切り出した。
「帝国兵になってくれないかい?」
あぁ、そういうことか。
「残念ながら・・・」
声が出てこない。共和国の軍人として、特務聖剣部隊の兵士として、何度言われたか分からない。
敵に身を売るな、と。
その教えを信じて、断ろうと思ったが、声が出ない。僕が信じていたものとは何だったんだろう。
今となっては祖国がテロ組織のように見え、愛国心は消えていた。だからといって、はい、わかりました。と答えることもできない。
「・・・・」
ただ、ただ何も分からずに無言のまま、整理できない思考の中で時が過ぎる。
「大丈夫だよ。彼女と明日中に考えてくれればいいさ」
いいよ、と彼は扉に向かって呼びかける。
扉は開き、彼女は僕の前へと姿を現した。
僕は彼女を忘れようとした。だけど、それは無理で彼女と同じ国にいる、彼女と会えるんじゃないか、と心の奥底では思っていた。
彼女に会いたい、と願っていた。
だから、その願いが現実として叶った今、僕は椅子から立ち上がり、危ない足取りで彼女の方へと歩き出した。
「シズ!」
何とか声にならない声を出し、駆け寄る。
「ネオ!」
抱きしめ、体で感じる彼女の存在は紛れもなく現実のものだった。何度も名前を呼び、存在を二度と失わないように抱きしめる。
「うん、感動ものだね」
何故か満足そうな皇帝の声が聞こえ、心を冷静へと引き戻す。
「分かりました。明日中に結論を出します」
「うん、よろしく」
そう言って立ち上がる皇帝。
「いくつか質問をして大丈夫でしょうか」
「うん、いいよ」
「歴史を記している書物をいくつか用意してくださいませんか?」
「そのくらいなら、造作もないよ。あとで用意しとくね。他にはないかな」
「・・・失礼ですが」
これを聞かないと話にならない。二つに見える選択肢は一つなのかもしれない。
「もし、お断りした場合はどうなるのでしょうか」
「それはその時さ」
「・・・畏まりました」
なるほど。答えてはくれないのか。いっそ、殺すと脅された方が選びやすかったのかもしれない。
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