第66話

 休日はあっという間に過ぎるものだ。翌日からはまたアースレンジャーの撮影に演技のレッスンそれに時々モデルをする多忙な日々を送っている。


 でもきついなんて口が裂けても言えない。講師の翼先生は俺と黒木先輩のためにだけに、わざわざ先生の友人、アクションスーパーバイザーの美咲先生を連れて来てきてくれたこともあった。海外でも活動しているとても凄い人なのだとか。そんな人にも指導を受けた。


 その指導やアドバイスは的確。悪いところはバンバン指摘されできるまでやり直す。でも、筋がいいとか、今のキレッキレ、いい感じだったよ、そうそうそれようまいね、とそれ以上に褒めてくれる人でもあった。まあ褒められて悪い気しない、いや、ちょっと調子に乗って先生を唖然とさせる場面もあった……その時はやってしまった、と反省しすぐに謝ったけど、調子に乗って良いことなんて俺が読んできたマンガやラノベではほとんどない。気をつけないと。


 でも先生は心が広いというか、寛大というか、そんな俺たちでも、いや先輩は調子に乗ることなく自分のペースで着実に先生から与えられた課題をクリアしていたから、俺だけだけど、気にした様子もなく、いやそれどころか、今後も時々顔を出してくれると言ってくれた。有り難い。


 帰り際には【楽しく学ぼう殺陣入門】という先生が描いたらしい本まで手渡された時には、さすがに申し訳なく断ろうと思ったが、自費出版して在庫がたくさんある、出版社には断られたけどイケると思った、海外活動が長すぎて私の知名度は低かったみたい、そんな聞いてもいないことをケラケラ笑いながら言われても反応に困るんだけど、ちなみに翼先生は顔を背けていた。


 けど中をパラパラと流し読みしてみたら、礼儀作法やら剣道とは違った足捌きなんかも書いてあって意外に面白かった。

 レイコ義母さんにお願いして何冊か事務所に置いてもらおうと思ってしまったくらいに。

 それにほら、タレントを目指すなら読んでて損はないだろうしね。俺? 俺ももちろん読む。面白かったし。


 あとはリアライズ芸能事務所の環境が少し良くなった、と思う。

 何かというと音楽関係の機材が運び込まれたことだ。リアライズ芸能事務所にはまだまだ空き部屋がかなりあるからね。

 所属するタレントにより良い環境を提供するためと桂木さんを始めたとしたスタッフの方たちには説明されたが、実際のところは藤堂グループからの贈答品。というには規模が大きいと思うんだけど、どうも俺が自撮りして提出したピアニカやハーモニカの動画。それをレイコ義母さんが藤堂グループ、音楽関係の企業に見せて機材を提供してもらったのだとか。レイコ義母さんは藤堂グループの役員だからだろうか? 疑問は尽きないが、いいのだろうか? そう思っていたらレイコ義母さんが大した金額じゃない、あっちも宣伝的効果を期待しているから大丈夫、だから気にするなと、ちょっと意味がわからなかったが、詳しく話を聞くと、俺と黒木先輩はその機材や楽器を好きに使って自撮りをすればいいことが分かった。


 それを会社に提出した後、桂木さんたちがうまく編集して提供してくれた社名やロゴマークを会員さんたちに見えるようにしてくれるらしい。


 それだけで元をとれるとも思えないけど、レイコ義母さんはそれ以上のことは話してくれないので納得するしかない。


 そんな忙しい日々でも時々は休日を貰える。まあそこは彼女たちと逢うんだけど、サキたちはまだ帰省しているのでアキとミユキと過ごす。


 ちなみにサキたちの引越しは二、三日で終わったらしいけど、家族仲が深まったことでマモルさんが家族旅行を計画。


 お盆前で高速道路が混みそうだけど8人乗りレンタカーを借りて行くそうだ。

 お土産買ってくるねと三人からはLIFEをもらったが姉妹仲良さげな画像付き。色んなポーズで撮っているけど四人ともにちょっと薄着過ぎない? 肌着が透けてるよ(当然その画像は保存したけど)なんて思っていたら、今から行ってくるねとのメッセージとよそ行きの格好をした四人の画像が送られてきた。


 それは肌着は見えていないただただ可愛いだけの画像でちょっとホッとした。


 そして、アキとミユキとは図書館でほとんど過ごした。

 これは二人の希望だ。涼しいし宿題がまだ残ってるから教えて欲しいのだと。時間が余れば好きな本も読めるのがいいと、まあそんな事を言うのはミユキなんだけどね。


 3人掛けのソファーに座って俺に寄りかかって読むのがサイコーらしい。アキもそんなミユキの真似をして寄りかかってくる。でもその顔は真っ赤で大丈夫? 固まってないかい?


 逆にミユキの方はかなりの自由人だと改めて知った。というのも本に集中してくると寄りかかりながら体制を自由自在に変える。

 俺を背もたれにしたり、俺の両膝に頭を乗せて枕にしたり、身体を逆にしたかと思えばソファーの肘おきを枕にして俺の両膝に両脚を乗せてゆらゆらしたりするのだ。

 本人に自覚があるのか知らないが、スカートでそれは不味いのでは。俺に下着が見えてるよ。教えてもうん、と生返事、本に集中している時のミユキは気にならないようだ。


 アキラ? アキラは今のところ習い事が忙しいらしいから直接逢うことができない。

 なので、ご無沙汰だったオンラインゲームを再開。時間を合わせてログインしている。


 妖怪ハンターってやつだけど、そこで毎日だらだらと素材を集めたり妖怪を狩りながらボイスチャットを楽しんでいる。

 最近のアキラは早く学校に行きたい、ヤマトちゃんに逢いたいが口癖だ。

 突然高校生だもん。せっかくだから俺の呼び方に捻りを入れたいと俺の名前を勝手に呼び始めたアキラは、ヤマト、ヤマトくん、マト? マトちゃん? ヤマ? ヤマくん? 色々と呼んでいるうちに笑いだし結局はヤマトちゃんで落ち着いたが、俺まで釣られて笑ってしまった。


 レッスンで疲れた後にアキラの明るく元気な声は癒されるんだよね。


「はーいオッケー!」


「っ!?」


 エンディング曲である戦隊ダンスを通しで踊り終え監督からオッケーをもらっているのはスーツアクターの人たち。


 ――あぶないあぶない。


 俺たちが一度踊り休憩、衣装チェンジをしている間にアースレンジャーの格好をしたスーツアクターの人たちが踊るが、背景を変え衣装を変えたらまた俺たちが踊る。


 今日の日程はこれを何度か繰り返す。ちなみに一度目は学生服で、二度目となる今はそれぞれのカラーが取り入れられた私服姿。

 他にも体操服や運動部のユニホームなんかも用意してあるらしいからまだまだ先が長い。


 最初は皆の息が合わず二度ほど撮り直したが、俺も先輩もうまく踊れていたと思う。いや、思った以上に踊れていたから、ボーっとしてしまって違う事を考えてしまっていたようだ。


 ――いけないな。


「次、だね。頑張ろう」


「はいそうですね」


 NGを出した遠藤さんは「みんなすまんかったな〜」と豪快に笑っていた。

 余計な事を考えていたからちゃんと踊れている自分をもう一度イメージし直して気合を入れる。


「ヤマトくん、ミキ」


「マキさん、ありがとうございます」


「姉さん、ありがとう」


 マネジャーのマキさんに使用したタオルを手渡して指定された位置に向かい構える。


 アースレンジャーのオープニング曲は高校生の俺でも思わず口ずさみ、心まで熱くなるようなカッコいい戦隊ソング。


 だがエンディング曲は子どもが真似して踊りたくなるようなのりのりの戦隊ダンスソングになっている。


 ちなみに俺の弟たちは今放送されているマッスルレンジャーの【マッスルポージングダンス】ポージングが所々に入っていて微妙に踊りにくいけど、それでもわーわー言いながら真似して踊っている。


 アースレンジャーの【のりのりダンスで明日(アース)も元気】もきっとのりのりで踊ってくれるに違いない。そうじゃないとお兄ちゃんは悲しい。


 だから今日の撮影は賑やか。共演者もそれぞれのスケジュールで撮影しているから、今日のようなことでもないと全員が揃うことはほとんどないんだけど、今回は俺と黒木先輩が演じるブラックアースとホワイトアースが加わったから画像の差し替えのためだね。


 ――――

 ――


「はーいオッケー!」


「ふぅ」


 何度も踊りようやくエンディング曲の撮影が終わる。ホッとした俺は思わず息を漏らす。


「お疲れ様」


 そんな声があちらこちらから聞こえる。撮影が終わればみんな忙しいから早々とスタジオから出て行くのだ。


「みんなおつカレ〜」


 遠藤さんもどこから取り出したのか、高そうなレトルトカレーを手にふりふりしながらスタジオが出て行く。

 見た目はダンディーおじさんなんだけど行動がダンディーに見えない。いつも滑ってる寒いおじさんかな。


 俺も先輩とマキさんに声をかけてスタジオから出ようと思っていると、


「ヤマトくん、せっかくみんな集まったのだから、少しだけみんなでお茶していかない?」


 アヤカさんが声をかけてきた。その後ろにはマドカさんも。


「ヤマトとミキはどんな感じ?」


 少し遅れて来たヒイロさん、ヒデオさん、ユウシさんが、アヤカさんにそう声をかける。


「お茶、ですか?」


 俺はそう返して先輩とマキさんに視線を向ける。今日もマキさんの車で来ているし、予定がなにか入っているかもしれない。

 だから勝手な返事はできないと思ったからだ。


「あ、よかったらマネジャーさんもどうですか? みんなのマネジャーさんも来るし、ヒイロなんて待合室でまっている彼女さんも来るのよ。だから気を使う必要はないのよ」


 先輩とマキさんが口を開く前に、すかさずアヤカさんがそう言う。

 こんな機会滅多にないから行きましょうと先輩とマキさんに視線を向けている。


 わざわざ人目を気にしたり、街中まで場所を移さなくてもこの大きなスタジオとは別の建物の中には、出演者やスタッフさんなどがゆったりと利用できるような飲食店が設けられている。

 それをアヤカさんは最近知ったのだとつい数時間前に話したところだったが、あ、だからこんな話になったのか。


「あはは、彼女たちは我儘なんだよ。でも女の子はちょっとくらい我儘な方がいいよね」


 髪をかき上げるヒイロさん。爽やかイケメンのヒイロさんだから様になるのだろうけど、今はそんなヒイロさんの話しなんてどうでもいい。先輩とマキさんへの確認が先だ。


 それに早く返事をしないとアヤカさんたちの寛ぐための貴重な時間を奪ってしまう。


「えっと、それじゃあ少しだけ」


 そうアヤカさんに返事した先輩が「いいかな」と俺とマキさんの顔色を窺ってくる。

 マキさんはすぐに頷き肯定。俺も二人が良ければ問題はない。


「じゃあ決まりね行きましょう」


 まだまだ撮影は続くんだ。少しでも仲良くなっていた方が楽しく撮影できるだろうからね。

 それからみんなで雑談をしつつ隣の建物の中にあるカフェへと向かった。




※最後まで読んでいただきありがとうございます。フォロー、応援とても励みになってます。


※更新がいつも遅くてすみませんm(__)m

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