第16話
この日の放課後は期末テスト三日前ということもあり全ての生徒が強制的に下校することになる。
本来ならばテスト前一週間から部活動停止期間に入っているので遅すぎるくらいなんだけど、それでも部活をやりたい生徒が多数いて勝手にやってたりもする。徳川たちもそう。昨日も部室に向かって行ったようだからな。まあ見てないから憶測でしかないけど。
だから学園側もそんな生徒のためにギリギリまでその活動を任意期間として見て見ぬ振りをしていたりする。
生徒に甘いと思うかもしれないけどそうじゃない。赤点を取ると容赦なく補習があり、夏休みの半分以上を学園で過ごすことになるのだ。自己責任なのだろう。
ただし、その任意期間にも限界がある。だから今日は全生徒が強制下校になっている。
ちなみに中間テストの時は1/125という自分の順位が記載された成績表を手渡されただけだが、期末テストはそれ以外に、各学年フロアにある掲示板横に順位と点数が張り出されるらしい(これは全生徒。ただし名前は載せてないので自分の合計点数で判断する)。
担任のハゲてる先生がそう言っていた。
まぁ、自分の合計点数さえ他人に知られなければ順位はバレないのでそこまで気にしないでもいい。
徳川たちは終礼が終わるとともに教室を出て行ったのでとりあえず俺は今日も彼女たちをアパートまで送り勉強会をしてから自宅に帰る予定だ。
「ヤマトっち、今日も送ってくれるの?」
真っ先に帰る準備を終えた橘がカバンを肩にかけてから俺の方に身体を向けてくる。
ちなみにこの学園の指定鞄は今では結構珍しい革のカバンだが、強制ではなく基本的には自由。なので今日の彼女のカバンはスポーツバックに近い。いつもは机の中に置いている教科書を持って帰るためらしい。
「もちろんそのつもりだけど、予定でも入った?」
「よかった。予定なんてないし、さあ帰ろ。帰って今日もみんなで勉強会だ」
「分かった」
俺も準備は終わっていたので、すっくと立ち上がると、
「うん。帰ろ」
田中も橘と似たようなカバンを肩にかけてから立ち上がる。
「あ、あとちょっと待つし……おけ」
鈴木は少しあたふたしてから立ち上がったけど。鈴木のは可愛らしい小さなリュックっぽいカバンだ。それを背負わず肩にかけたがチャックが半分ほど開いていたので閉めてやる。
それから雑談しながら歩く彼女たちの話に耳を傾け下駄箱にたどり着いたのだが、
「あら柊木くんたちも今から帰るの?」
そこで委員長と委員長といつも一緒にいる川崎美幸とバッタリ会った。
川崎はメガネをかけていて背中まである長い黒髪を後ろで一つに纏めている。少し大人しそうな雰囲気がある。
二人とは一年A組、教室が同じだから下駄箱で会ったとしても別におかしくない。そういうこともある。
「霧島さん。そうだよ」
委員長に話しかけられたのでそう返す。昨日の一件で彼女から話しかけられる回数が増えたように感じる。朝もそうだが偶にすれ違う際にも少し声をかけられる。「何か困りごと?」「どうかしたの?」そんな感じのことを。
まあ普段の俺は席からほとんど動かずに本を読んでいるからなのかもしれないけど。
「そう。それで……今日も勉強会なの?」
委員長が一緒にいた橘、田中、鈴木の方を見たあとに俺を見てからそう尋ねてくる。
本当なら委員長には関係のない話なのだが、委員長には昨日誤解をさせて怖がらせてしまった経緯がある。
ここは無難に「そうだよ」と先にアパートに行く旨を伝えておく方がいいのかもしれない。俺はそう判断し口を開けようとしたが、
「そうだよ……霧島っちも一緒にする? 勉強会」
俺よりも早く橘がそう言った。
普段橘たちと委員長はそれほど接点はなく、俺は彼女たちが仲良く話をしている姿を見たことがない。
だから、躊躇なく委員長を誘う橘を見た俺は驚いてしまった。コミュ力が高いと。
だが驚いたのは委員長も同じだったようで、少しだけ目を泳がせた彼女は川崎の方を見てから橘に向かって口を開く。
「……それなら、お願いしてもいいかしら。数学で分からないところがあって悩んでいたのよ」
聞けば川崎も同じアパートらしく、こらから二人で勉強会をしようと話をしていたらしい。
委員長は四階だが川崎は二階なので普段からエレベーターは使わない。だから昨日俺とは会わなかったようだ。
「それならヤマトに教えてもらえばいいし、昨日なんて数学のプリントをスラスラ終わらせてたし、丁寧に教えてくれた」
「え、そうなの柊木くん? 私が分からないところってそのプリントの中にあるのよ」
「そうだよ」
「うん」
なぜか得意げに応えたのは橘と田中だった。
それからアパートに向かってアカリの部屋で勉強会をしたのだが、アカリの部屋は女の子らしいというか可愛らしい部屋だった。
大きな熊ぬいぐるみなんかもあって慌てて掛け布団の下に隠している様子なんかもなんだか見ていて微笑ましく思えた。背は低い方だけど普段はしっかりしていて少し大人びたところがあるから尚更そう思えた。
それから勉強会を始めたのだが、さすがに六人も居るとプリントを広げるだけでも狭くてキツかったが思ったより勉強会の方は捗った。
委員長の分からなかったところは少し教えるだけで、委員長はすぐに理解していたので俺が教える意味があったかよく分からない。
それで、俺が一番心配だったのが彼女たちの仲だった。けどそれは俺の杞憂で彼女たちの態度は普段通りで何も変わらなかった。
いままではただ接点がなかっただけ? そんな感じに思えた。
けどそんな充実した時間もあったいう間に終わる。明日は土曜日で休みとはいえ昨日と同じ時間に俺は帰る。
意外なことに委員長と川崎はもう少し橘たちと勉強会をすると残ったので俺だけが帰る形になった。
少し寂しくもあったが、ただ帰り際にまたまたキスをされてしまった。送ってくれたお礼だからと半強制。
田中が唇で橘と鈴木が頬に。不意打ちじゃなかったからお互いに顔が真っ赤になってしまったけど。
それでも、その家路はやばいくらいににやにやが止まらなかった。
――――
――
〈アカリの部屋〉
ヤマトを見送り部屋に戻ってきた三人は、少し顔を伏せている霧島の前に座った。
「霧島っち。どうだった? あたしたちいつもこんな感じなんだ」
「どう、と言いましても……すでに彼氏と彼女の仲ですよね? すごく仲が良さそうに見えましたよ。なんだか羨ましいですね」
そう橘たちは昨日ヤマトから話を聞いて、もし霧島のヤマトに対する態度が変わっていたのなら詳しく話をしてみたいと思っていた。
そして今朝、案の定というか霧島のヤマトに対する態度や様子は明らかに違っていた。たぶん霧島はヤマトのことが好きになっている。だから橘はいずれ機会を見て霧島に接触するつもりだった。ヤマトのことについて。
今回の勉強会は本当に偶然。だけどちょうどいい機会だと思った橘はすぐに霧島を誘った。
けど、それは彼女に諦めさせたいとか手を出させないといった邪な感情からのものではない。
というのも人を好きになるのに理由なんてないのだから。橘もきっかけなんて些細なことだった。見た瞬間から違和感があり気にしていたら、いつの間にか好きになっていた。
知れば知るほど好きになっていた。田中と鈴木はどうだか知らないが、橘はそうだった。
そして、一度好きになってしまうと周りから何を言われても気にならない。
橘自身がそうなのだからきっと周りもそうなのだと橘は思っている。
だからこそその想いを恋敵に諦めさせようなどという行為は半端なことで成し遂げることなどできない。
互いに本気だからこそ罵り足を引っ張り合って醜い姿を晒すことになるのだ。取り返しのつかないほどの泥試合を。好きな人は意図せずとも巻き込みきっと白い目で見られてしまう。
そしてその時には、すでに自分の望む未来は消え失せ、絶望しか残っていない。
そんな未来など自分ならきっと耐えられないだろうと橘は思っている。
幸い今の時代は相手が受け入れてくれれば人数の制限なんてないのだ足を引っ張り合うよりも互いに認め手を取り合う方が賢明なのだ。お母さんたちのように。
「そっか。霧島っちからそう見えたのならうれしいんだけど……」
「うん。ヤマトは、ねぇ」
「うんうん。ヤマトはちょう……うぐっ」
何かボロを出しそうな気配を見せた鈴木の口を、察した橘と田中が慌てて押さえた。
「そうね……」
なんとなく鈴木は顔のことを言っていると察した霧島は頷き、
「?」
ひとり何のことかよく分かってない川崎だけが首を傾げる。だが、
「でも意外だった。柊木くんすごく頭がいい。教え方も上手」
ヤマトに対して別のところに好感を抱いていて周りを驚かせた。
「そうね。柊木くんは……」
そこで霧島も思い浮かべる。体育時のヤマトを、メガネを外したヤマトを、そして理解できず尋ねた質問を必ず分かりやすく解釈して丁寧に教えてくれたヤマトを。そうして霧島の顔が真っ赤になった。
「柊木くんは……素敵な人、よね」
「霧島っちはやっぱりそこに気づいちゃうか」
それから遅くまで恋バナに花を咲かせる彼女たちであったが、土日明けの学園で橘だけじゃなく田中や鈴木まで霧島と川崎のことを名前で読んでいたことにヤマトは驚くことになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます