地味偽装する俺だけど、思ってたのと違う。彼女たちは意外と勘がいい。
ぐっちょん
第1話
朝教室に入り、いつもと違う雰囲気にふと思い出す。
――そうだった。昨日席替えしたな……
高校に入学して三ヶ月、高校生活にも慣れ始めた頃だ。初めての席替えで俺は一番後ろの席を引いた。
窓際だったら尚よかったんだけど俺は席は中央の列の一番後ろの席。それでも十分、背後からの視線を気にしなくていい分、あたり席だといえる。
鞄を置き席に座ると、俺はいつも持ち歩いている小説を広げて読む。ホームルームまで十五分くらいはある。数ページは読める。
――ん?
俺が小説に没頭し始めて五分くらいだろうか、辺りが賑やかというか、騒がしい。
ちらりと視線だけを漂わせてみれば、明るめの茶色に染めた女子生徒が三人が俺の視界に入った。
「あはは、ウケるし」
「それからさ……」
彼女らは揃って学校指定の制服のリボンをだらんと崩しスカート丈を短くしていて、チョーカーらしきものをなぜかブレスレットのように両手首につけている。流行りなのだろうか。
側から見ればギャルっぽい。いやギャルだろう。俺の苦手なタイプだ。
昨日は机を移動させた者から順に下校してよかったから気づかなかったが、その三人の席はどうも俺の前(田中朱里)、右斜め前(橘咲希)右(鈴木夏美)の席らしい。
なんてこった。いい席だと思っていたけど、そうでもなかったようだ。ぬか喜びってやつ。俺としては小説に集中したいから、もっと静かな席がよかった。そんなことを思っていると――
「ん? 何。何うちたちのこと見てんのさ。ちょっとキモいんですけど……」
右の席からそんな声が聞こえてくる。右隣の席は鈴木夏美だ。鈴木夏美は少し吊り目のポニーテール。冷たい印象を受けるギャルの一人。
「え、なになに……」
そんな鈴木にすぐに反応したのは右斜め前の席に座る橘咲希。橘咲希は少し垂れ目のセミロング。どこか気の抜けた印象を受けるギャルの一人。
そんな彼女は楽しそうに身体を俺の方に向ける。だがその行為はよくない。ギャルたちのスカートはかなり短い。なので白いモノがバッチリ目に入る。というか今も見えている。ラッキーだが、今はまずい。
俺は反射的に視線をすぐに逸らしたが、
「あー、柊木今見たよねサキの下着。あんたキモい上にむっつりとか、ないわ〜」
可愛らしい声なのに俺の心を抉り白い目を向けているのが前の席に座る田中朱里。
田中朱里は童顔でショートボブ。少し幼い印象を受けるギャルの一人。
ただ顔に似合わず、見ないようにしてもつい目がいってしまう大きな胸。この三人の中でも彼女の胸が一番大きい。
そんな彼女たちはいずれも整った顔立ちをしていて、クラスカースト上位に君臨している。
その田中に気づかれた。不可抗力だが、バレてる。
橘は「にしし」と笑みを浮かべると、わざと脚を少し開げたり閉じたりと俺の戸惑う反応を楽しんでいる。
たぶん俺のことを男として認識していないってことなんだろうが、そこは気にしてもしょうがない。見てしまったことは事実だし、ここは素直に謝っておくべきだろう。
「ごめん。俺そんなつもりじゃなかったんだ。ほんとごめん」
俺は橘に謝ったのだが、
「はいはい、そんな言い訳いらないし、マジキモいんだけど……この変態」
机で頬杖をつく鈴木が目を細めキッと睨みつけてきたかと思えば俺の座る椅子の底を蹴ってくる。それも一度じゃない。何度も。足癖が悪すぎ。
ただ鈴木のスカートも短い。鈴木が蹴り上げる度に下着が何度も顔を出す。いやこのラッキースケベは余計だから、ほんとやめてくれ。
「……」
これ以上変態扱いされては堪ったもんじゃない。俺は素早く自分の手元へと視線を戻す。
「まあまあナツっち、ほらヤマトっちがビビってんじゃん」
そうじゃないんだけどな。面倒なので弁解はしない。
「いいんだよこんな奴、ビビらせとけば」
「あはは、ナツっちらしいや。でもヤマトっちが本当にビビってるからこれくらいでいいじゃん」
――くう、好き勝手言ってくれる。不可抗力だっての。早くどっか行ってくれ、ってこいつら自分の席にいるだけか、最悪だぁ。
絶望に打ちひしがれてつつも、視界の隅に入る彼女らの動向に探りをいれる。
すると、橘が鈴木の肩を落ち着けとばかりにぽんぽんと叩いてから、ひょいと立ち上がった。
「サキ何、もうすぐ担任来るけど、どっか行くの?」
「ん? 違うよ。ほら、なんかさぁ、ヤマトっちのそれが気になって。ヤマトっちは何を見てるのかなと思ったわけさ」
「こいつなら……エロ本じゃね?」
「ああ、こいつならありえそう」
んなわけあるか! 田中、鈴木覚えていろよ。と思っていても口にはしないけど、ふと、女性特有の甘い香りとともに何やら気配を感じる。
「!?」
本から目を離して、視線だけを動かせば橘の顔が目と鼻の先にあった。息が止まるかと思った。
橘は机の上で開いていた俺の小説を覗き込んでいたのだ。
突然のことに驚いた俺は、本を読む体勢、前屈みの姿勢から慌てて上体を起こす。
「うぇ、漫画だと思ってた、こんな活字ばかりよく読めるな」
眉間にシワを寄せたしかめっ面の橘が俺に向けるので、これが何か教えてやる。
「……ライトノベル、漫画みたいな小説だよ」
少し俯き加減でボソボソと呟くように口にすれば大概の者はオタク、陰キャ、非リア、などと勝手に結び付け、俺から距離を取り、蔑む視線を向けてくる……そしてもう二度と関わりあいになろうなどとは思わないはず……なんだけど……
――……あれ?
どうも彼女たちの様子がおかしい。俺の思っていた反応と違う。
それどころか「ふーん、漫画のような小説……」と言いつつも、さらに顔を近づいてくる気配。
――な、何なんだこいつ……
理解できず、恐る恐る彼女へと視線を向けて見れば、彼女は俺の顔をじっと眺めていた。
――はあ?
しかも、なぜか顔を近づけてきた橘だけではなく、田中や鈴木までも身を乗り出し、俺の顔をじーっと見ているではないか。俺は嫌な予感がした。
「ねぇねぇ漫画やアニメだとさ、ヤマトっちみたいな、いかにも陰キャですって奴が、メガネを取って前髪を上げると超イケメンだったりするんだよね〜。もしかしてヤマトっちもそんな感じ?」
橘が楽しそうに俺の黒縁伊・達・メガネに手を伸ばしてきた。
――や、やばっ……
視線を忙しく漂わせれば田中や鈴木までも、
「あはは、それだとウケんだけどね〜でも、な〜んかそれっぽくね?」
「確かに、うちもそんな気がしてきたし、サキ早く取りな」
と面白いおもちゃを見つけたというように、興味深々といった様子でじっと俺の方を見ている。ギャルとはこんなにも好奇心旺盛なのかって悠長なこと考えている場合じゃない。これは非常事態だ。
「だ、ダメだって」
俺は慌ててそれを遮り、橘の手を軽く振り払う。
「っ。ヤマトっち、ちょっとそれ酷くない……」
橘は手の甲を摩りながら口を尖らせるが、すぐに笑みを浮かべ一言。
「ヤマトっちは、あたしの下着見たよね〜。あたし結構ショック受けてるんだけどなぁ」
そう言ってからわざとらしく自分の短いスカートを摘み「うりうり」と口に出しつつ、ゆらゆらと短いスカートを揺らしては少しスカート丈をめくり上げる。
「ぐ……」
内心嘘をつけ、とは思うものの、意外にも真っ白だった彼女の下着が脳裏に過ぎる。
――終わった……
俺は再び伸ばされた彼女の手を黙って受け入れることにした。
「ヤマトっち、素直でよろしい。なかなか好感が持てるよ〜」
「……」
「あれれ、怒っちゃったかな? まあいいや。さーてヤマトっちの顔はどんな顔かな。アゴの辺りはシュッとしててイケメン臭がぷんぷんするんだよね。ほら、あたしって割と勘が鋭いじゃん。席だって近いしヤマトっちがイケメンだったらいいなぁって思ったりするのよ……んじゃ、ちょいと失礼するよ〜」
勘が鋭いとか、イケメン臭とか色々と突っ込みたくなるが、彼女は楽しそうに俺の伊達メガネをすーっと抜き取り目元まで伸びていた俺の長い前髪をかき揚げる。
彼女たちの視線が一斉に俺の顔に集まった。
「「「!?」」」
息を呑んだ彼女たちの目が大きく見開く。かなり驚いているように見える。
「うわ、うわ、うわ……うそ、超イケメ……」
橘があわあわしながら俺の前髪と伊達メガネを直す。
それから不審者が辺りを確認するかのように、キョロキョロと周囲を見渡したあと紅くなった頬を指で軽く掻き視線を泳がせると、
「や、ヤマトっち……ごめん。あたしどうしよう、やばい」
先ほどとは違う口調で、猫撫で声とでもいうのか、照れた様子の橘がそう小さく呟いた。
「え?」
橘の突然の変化に戸惑っていると、田中や鈴木までもこくこくと頷き橘に同意してみせるが、二人の顔を少し赤い。
――……これって……いや、まさかね。
そんな彼女たちの反応に、楽しそうに笑い語っていた母さんと義母さんたちの言葉を思い出した。
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