火炙りになった元聖女〜都合が悪くなったら私のことを魔女って罵って火刑にするんですね。私は幼馴染と幸せに暮らすので、あなたたちは報いを受けてください!~

下等練入

1話:私はどうやら聖女としての力を失ったようです

「やれ~!」

「そうだ燃やしちまえ!」

「天罰だ!」


 見物人から思い思いの声が飛んでくる。

 私、聖女フローレンスは、王子をたぶらかした魔女として裁判にかけられることになった。


 やめて!

 私は何もしてない!

 叫べない代わりに、私は口をふさいでいる忌々いまいましい布をきつくめる。

 私の人生はあの日を境に一変した。


 ◆


 12歳の時、私は聖別を受け、聖女になった。

 今の仕事は、決められた患者を加護の力で治すことだ。


 そんなある日、私たち聖女の仕事を取り仕切る祭司様に呼び出された。

「王子様から婚約の申し出があったのですが、フローレンスもそろそろ18ですし、身を固めてはいかがでしょう?」

 私はこの人に逆らうことができない。

 聖女になってからずっと面倒を見てくれているからだ。

 それに、12歳まで私が住んでいた修道院にも援助をしてくれてる。


「わかりました、お受けさせてください」

 私は深々と祭司様にお辞儀じぎをする。

「では、この話進めておきましょう」


 ◇


「すごいじゃないフローレンス! 聖女から次期王妃だなんて、大出世よ!」

「ほんと、本当にすごいわフローレンス!」

「う、うん……ありがとう」

 良くも悪くも噂というのは広まりやすいもので、私が部屋に戻るとすでにみんな知っていた。

 こんなんじゃ実はそんなに嬉しくないなんて言えないわね。


 聖女は大体20歳前後になると、諸侯しょこうや親戚関係のある、他国の王家にとつがせられる。

 それは人質としてだったり、より強固な親戚関係を作るためだったり、千差万別せんさばんべつだ。

 ただ、王子に嫁ぐというのは、非常にまれなケースに当たる。


 聖女は基本的に嫁いだ後、仕事をすることがない。

 それは、聖女はけがれていないからこそ聖女なのであり、誰かの妻になったらただの女性になるという考えからだ。


 しかしながら、本家の王族だけは別である。

 王権は神から与えられたものであり、その王権を行使する王は神と同義である。

 なので、聖女が神の妻になっても穢れないということらしい。

 そして最悪なことに、穢れなければ、ずっと聖女でいることになる。


 正直、私が聖女だとわかった時、シスターや友人は喜んでくれたが、私はあまり嬉しくなかった。

 決して人々を治すのが、好きでないというわけではない。

 むしろ、治した後に見せてくれる笑顔を見るのは好きだし、やりがいも感じてる。


 ただ……。

 私が治していいとされているのは、王族の関係者や傷病兵しょうびょうへいのみで、一般人、特に貧民を治すことはできない。

 聖女の安全確保や、国益のためと耳にタコができるほど聞かされてきたが、一部の人だけで私の力を独占して、本当に治療が必要な人を治せない生活は嫌だ。

「聖女なんて地位いらないから、自由に生きたいわ……」


 ◇


 ――数週間後。

 自由に生きたいという私の願いが神に届いたのか、あの日から私は徐々に力を失っていた。

「リチャード……」

 物思いにふけっていると、従者のアンリが入ってきた。

 私の幼馴染で気の許せる友人の一人だ。


「失礼しますフローレンス様。明日は加護試かごだめしです。もうお休みになられた方がよろしいかと」

 時計を見ると短針はすでに頂点を超えていた。


「ええそうね……、ただ寝付けなくて」

 明日が心配だわ。

 どちらに転んでも私の人生は変わる。

 どうせなら、明日なんか来なければいいのに……。


 どこからか私の力が衰えているという噂を王が聞きつけ、本当に私が聖女であるか試すと言ってきた。

 よほど義娘ぎじょうになる女のことが気になるのだろう。


「ねぇ、アンリ。リチャードは元気かしら?」

「いきなりどうしたんですか?」

 突然もう一人の幼馴染のことを尋ねたからか、アンリはキョトンとした顔をしていた。


「聖女だとわかった時から、常人には戻れないと覚悟したつもりだったけど、明日私の将来が決まるって思うと、なんだか急に昔が懐かしくなって」

「フローレンス様はリチャードのこと大好きでしたもんね。一目見るくらいはいいんじゃないですか?」

 アンリは一通の封筒ふうとうを渡してきた。

 差出人さしだしにんはリチャードと書かれている。


「これは、一体?」

「リチャードからの手紙です。私未だに彼と連絡を取ってまして、住所も載っているので見てみてください。マナー違反ではありますが、フローレンス様にだけなら、見せても許してくれるでしょう」


 中を見ると、彼が今美術商をいとなんでいることや、私への祝いの言葉が紙一杯びっしりと書き込まれていた。

「けど、私が行ったら彼に迷惑が――」

 ただでさえ聖女の行動は厳しく制限されているのに。

「少しなら大丈夫だと思いますよ」

 私の言わんとすることを察したのか、アンリはそっと微笑んでくれた。


「そうね……」

 一目見ることができたらいいのだけど。


「その手紙は渡しておくので、今日は寝てください」

「わかったわ、おやすみ」

「おやすみなさい」


 その夜、私は夢を見た。

 懐かしい、修道院最後の日の夢だ。


 ◆


「嫌だ! 王宮なんて行きたくない!」

「行きましょうフローレンス様、アンリもついていきますから」

 修道院を離れる日、私はもの凄い駄々だだをこねていた。

 それはもうこねてこねて、カチカチになるくらいこねていた。


「リチャード、助けて!」

「いいかいフローレンス、聖女になるなんてとても名誉なことなんだよ――」

「知らない! 名誉なんかより今のままがいい!」

 いきなり「君は聖女だ」なんて言われても実感はないし、そんなものに興味もない。


「リチャード前に言ったじゃん、私をずっと幸せにするって。幸せにしてよ」

 嗚咽おえつ交じりの声で、リチャードにすがりつく。

「ごめんねフローレンス……。本当にごめん」

 うつむいたリチャードの噛み締めた唇には、血がにじんでいる。

 リチャードのそんな表情初めて見た。


「ねぇ……、いつか私を迎えに来てくれる?」

「あ、ああ。必ず迎えに行くよ!」

「なら私聖女になる……」

 迎えに行くという言葉が聞けただけでも良かった。


「フローレンス……」

「大丈夫。このナイフ貴方にあげる。私だと思って大切にして」

「だけどこれは――」

「父の思い出の品だけどいいの。これを見ると甘えてしまいそうだから」

 こうして、私は王宮へと旅立った。

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