弱い私の反逆撃

 

 午後——。


「あらあらまぁまぁ」


 というお妃様の第一声。

 藍子殿下が息を呑む音。


「あ、え、ええと、よ、ようこそ、いらっしゃいました」

「ええ、ええ! いいと思うわ〜。藍善」

「ごっふ……!」


 頭を下げると、お妃様の優しい声と『ゴズッ』という音。

 そして苦しそうな声に顔を上げる。

 藍子殿下と目が合うと、真っ赤になった殿下が顔を背けてなにやらもごもごとなさった。


「あ、お、お、おお、と、とても麗しくて可愛らしくていいと思う……。いや、リセはいつも可愛らしかったが、今日はいつもと雰囲気も違うので、うむ……い、いいと思う。たまには」

「! あ、ありがとうございます」

「「「ふふん!」」」


 私の後ろでドヤァ、と胸を張っている三姫——実民様、喜葉様、朔子様。

 実は私、午前中お三方に今日屋敷に持ち込まれた着物を色々着せ替えられました。

 理由は「午後に婚約者たる王太子が来るのに、私がめかし込まずにお出迎えするなんて無礼!」とのことだからです。


 確かに!


 ……と、なりましたよね。

 私はまだ藍子殿下の婚約者としては役不足なのだと思うのですが、それでもなってしまった以上頑張るしかありませんし……。

 この国の“おしゃれ”にも、興味はありました。

 特にお妃様や実民様がきておられる和風甘ロリ服……!

 学生時代からとてもとても、「かわいいなー」「一度でいいから着てみたいなー」「でも金額もさることながら、私には似合わないしなー」……と、諦めておりました。

 ですが、今日! 今! 着ているこれは! 藍子殿下のお出迎えのためですから!?

 憧れのロリータ服……!

 べ、別にはしゃいでなどおりませんよ……!

 たくさんお化粧をされて疲れ果てましたし。

 い、いえ、お客様を前に疲れ果てている場合ではありませんでした!


「では、奥へどうぞ」

「お邪魔しますわ〜」


 ……それに、お妃様と藍子殿下がお見えになったのは、エルフの国の使者がこの国へわざわざ『“原初の精霊”と契約した私』を連れ戻しにきたこと関係だろう。

 奥の客間に案内して、その間に喜葉様の式神がお茶と茶菓子を持ってくる。

 座椅子に座ると、お妃様が花のような笑顔で「見事にあのじゃじゃ馬たちを手懐けてくれたわね。素晴らしいわ〜」とおっしゃった。

 ……じゃじゃ馬……。

 実民様、喜葉様、朔子様のことですね。


「え、ええと、いえ、その……お三方が私のお話を聞いてくださっただけなので……」

「あらあら、謙虚ね〜。まあいいわ。さっさと本題に入りましょう。……さっき菜々から連絡が来たと思うけど、その通りよ。『森人国』からあなたを『森人国』へ戻すように要求が来たの」

「もちろん断った。すでにリセは正式に俺の婚約者であり、『亜人国』の民である。国王・王妃にも認められ、貴族たちもその目で俺の婚約者になったところは見ている」

「はい」


 あの貴族の皆さんの前で、お酒を飲んだ時のあれですね。

 そうなんですよね。

 私、正式にこの国に迎えられたんですよね。

 だから、エルフたちが私を『返せ』というのは、少々驕り高いといいますか。

 驕り高い……エルフらしいとも言えますが。


「我が国に対して——姫様に対して無礼なのでは?」

「エルフって見た目は綺麗で高貴ぶってますけどほーんと、頭の中の脳みそまで痩せ細ってるのかしらん?」

「滅ぼしちゃいましょーよー」

「軽々しく言わないのよ〜。さすがにそんなのリセ様が望まないでしょう?」

「は、はい」

「「「ちえー」」」


 ……じゃ、じゃじゃ馬さんたち本当にじゃじゃ馬さんですね!

 三姫方、過激なところは直っておりません!


「まあ、断ったんだけどね?」

「は、はい」

「……引き下がりそうにないのよ〜。なんか様子がおかしかったんだけど……リセ様が“原初の精霊”——ティムファーファ様とお知り合いになった時のこととか聞いて大丈夫かしら?」

「!」


 お妃様の勘、というものなのかもしれません。

 チラリと私の横で金平糖をかじるティムファーファ様に目配せして、にっこり微笑む。

 うっ、さ、さすがです。


「え、ええと、実は……」


 隠し通すのは無理そうなので、素直に話しましょう。

 ティムファーファ様との出会いの日。

 私の頰にもっちりもっふりとしたお尻が向けられ、手の上にティムファーファ様が乗っかる。

 和むのですが、なぜこのタイミングでこの密着……?


「なるほどねぇ……リセ様は相変わらず規格外というか」

「母上」

「ああ、はいはい。……そうね、少し情報を整理した方がいいわね。藍善もわらわとリセ様が“内緒”にしてること、知りたいみたいだし」

「え……あ……」


 そ、そういえば……!


「今回の件、多分だけどエルフは絶対に引き下がらないわ。引き下がったふりをして、どうにかリセ様を自分たちの手元に連れ帰ることを画策すると思う。もちろんそんなことはさせないけれど……でも、あちらの様子を見るに、手段を厭わないでしょう。こちらの手札は盤石だけど、エルフたちの数千年単位のストレスは、おそらくもう限界ね……。近く戦争になるわ〜」

「!」

「…………」


 戦争!? そんな!

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