王太子妃邸のニューフェイス


 ——という、私にはあまりよくわからない彼女たちなりの“落とし所”により、お妃様に頼まれた“『仙森ノ宮』を占拠する三姫を説得する”任務は完了いたしました。

 その代わり本日からその三姫が王太子妃邸で働くことになりまして……三者三様、お好きなお部屋をお使いくださいと言いましたら私はお三方に一番大きな部屋へ連れてこられました。

 ちょっと寝るには落ち着かないですね、と言っても聞き入れられず、なにやらその後もお三方が手配した業者の方たちや商人の方々により殺風景であった部屋の中に花瓶、掛け軸、お着物、燭台、鏡台に化粧箱……とにかく色々運び込まれまして……。


「あ、あの、こんなにたくさん色々……なにに使うのですか?」

「全部姫様のものですわ」

「ひめ……?」


 とは?

 宇宙を背負う猫のような顔になった私へ、喜葉様がにこりと微笑みます。

 え、こわいです。


「リセ様のことですわ。今後はワタクシどものことは呼び捨てになさってください。ワタクシたちがリセ様を『姫様』として敬い、リセ様がワタクシたちをそう呼ぶことで下々の者たちに『リセ様は偉いのだ』と、認知させるのですわ。リセ様は人間ですから、先日のワタクシたちみたいに舐め散らかす者たちはまだおりましょう。けれど、そのように認知が広がれば変わりますわ」

「え、し、しかし」

「これは必要な処置ですわん、姫様。姫様に“原初の精霊”ティムファーファ様と我らが始祖、黒檀様がついておられるのも周知させませんと、余計な被害が出かねませんものん。先日の愚かな朔子たちみたいにん」

「…………」


 これには押し黙る他ありませんでした。

 実際彼女たちがどのような目に遭って、どのような被害があったのかは……見ているだけの私にはよくわかりませんでしたし。

 ただ、彼女たちの中の“悪いもの”がティムファーファ様の魔法で攻撃され、浄化された……みたいな話は聞きました。

 魔法に関して、本来なるば人間は一方的に与えられる側です。

 マナを魔力に変換して与えてくれる加護精霊。

 その加護精霊から与えられた魔力を、契約した下級の精霊に捧げて人間は魔法を使います。

 ただ、私が契約したティムファーファ様は“原初の精霊”という最高位の精霊ですので、マナを変換して魔力にして、魔法を使うところまですべてお一人でできてしまう。

 私は必要なのでしょうか、と思うのですが……ティムファーファ様曰く『リセはこの世界に誘拐されて来てしまったから、ユーはミーの加護を受ける資格が十分あるナリ』だそうです。

 なんだか申し訳ないですよね。

 しかし、そんな“原初の精霊”と始祖黒檀様は、なにやら私をそのように気に入って守ってくださるそうなので——確かに過剰な報復などされても困ります、か。なるほど。


「そう振る舞えるようになるのも姫のお仕事なのですわ」

「実民様……」


 初めて出会った時よりも軽装となり、今はどちらかというとお妃様のような可愛らしい和風のゴスロリ服のような格好になった実民様。

 元々のかわいらしさと年齢も相まって、非常によくお似合いです。

 そんな実民様が持ってこられたのはお盆に載せられた、お茶と金平糖の入ったお皿。

 ぽよん、という音と共に、私の隣に浮いていたティムファーファ様が現れました。


『金平糖〜!』

「実民様、金平糖をティムファーファ様にいただいてもよろしいですか?」

「まあ、そのためにご用意したのですわ! もちろん姫様もお食べになって! ……ふふ、どうです、あたち使えるでしょう?」

「あ、はい……」


 打算でしたか……。

 おかげで喜葉様と朔子様のほっぺがぷんぷくりんです。


「はぁーーーー!? ワタクシの方が使えますけどぉーーー!? 見なさいなこの調度品の数々! どれも王妃に相応しい一生物ですわよ! 特にこの鏡台は職人にオーダーメイドでワタクシ用に作らせたものを、姫様用のものが届くまでの間使っていただくように持ち込みましたの! そしてこの花瓶はさる有名な陶芸家露骨ろこつ作! 国一番の花道家塔様もご愛用の『藍彩シリーズ』の一つですのよ!」

「朔子だってたくさん姫様に似合う着物を見繕ってきましたわよん! 見なさいな、この連翹れんぎょう柄のお着物を! 由緒正しい連翹染めの老舗、恋峰屋れんほうやで染め上げられた生地を、呉服屋の老舗、霞野屋かすみのやで丁寧に作らせたのよん! この世にひとつしかない名品ですわん!」


 ……うわあ、聞いているだけで胃が痛くなりそうなお値段の予感がしますぅ。

 傷つけたり汚したりしないようにとても気をつけましょう……。

 あ……でもすでに高級品に囲まれた時に発症する貧乏性の発作、すごい動悸がします。

 緊張でバックバックです。

 あばばばばばばばばは。


『リセ』

「!」


 首に巻きついていた黒檀様が顔を上げると、そこにはお妃様付き侍女、菜々様の式神。

 どうかしたのでしょうか?

 なにか御用が?

 手を伸ばすと、私の手のひらに乗り、小首を傾げる。

 愛らしいですね。


『失礼、リセ様。事情は後ほどお話しいたしますが、しばらくの間、そのお屋敷から出ないようお願いできますか?』

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