婚約
「問題は他の重鎮貴族たちか」
「そうね。ほとんどの重鎮の息女はあなたと対戦済みだけれど……」
「黒檀様を発見したリセを、まだ認めない、ということはあり得るのだろうか? 母上」
「そうねぇ……確かに始祖様を発見したのは素晴らしい功績だけれど……自分の娘を王妃にしたい者たちは確実に文句を言ってくると思うわ〜」
そう話し合う藍子殿下とお妃様。
お妃様——この国の国母たる『王妃』の座は、お妃様の働きを見てわかる通り、それに伴う凄まじい権威を持ちます。
王家には黒檀様のお力で、必ず長子に男の子が生まれてくるらしく、その妻として選ばれる王妃は王家の男性を倒すほどの強さを求められます。
あらゆる方面で他を圧倒する存在だからこそ、権威与えられ、尊敬されるのですね。
当然、そんな存在に国中の竜人女性が憧れるのです。
藍子殿下はほとんどの貴族令嬢と戦い、勝利してきたというのですから、いろんな意味で驚きですよね……。
「ふん、文句を言うのなら俺を倒せる強い娘を育てればよかったのだ」
と、藍子殿下はおっしゃいますが、私は別に格闘技を教わった経験はありません。
たまたま偶然、藍子殿下の股間を蹴ってしまっただけです。
そんな偶然であなたの心を折ってしまった私としては、あなたのその発言にどのような顔をしたらよいのやら……。
「うちの国ではあまりないけれど、側妃を迎えるようにとの要望は七割の貴族から出されてるわ。今の時点だと無視できないわね〜」
「なんっ……!? そ、そんなに!? なぜだ!」
「一番の理由は“血”ね。これ以上人間の血を取り込むのは竜人の血を薄めることになるとかなんとか」
『なにを馬鹿馬鹿しい。余が娶ったのは人間の女であったぞ。リセによく似た、優しく逞しい女であった……。主ら竜人は竜たる余と、我が妻連翹の子孫。血が薄まるもなにもなかろうよ』
黒檀様の奥様は人間だったのですね。
あ、いえ、なんとなくそんな気はしていましたけれど……。
…………ん?
「え? あ、あの、連翹様とは、黒檀様を育てられた異世界の方では……」
『いかにも。余は異界で邪悪を溜め込み、邪竜として世界を滅ぼさんとした災いであった。そんな余を倒したのが
そして、黒檀様は大人に成長し、姉であり母であり恩人でもある連翹様に夫婦となる約束を持ちかけたのだそうです。
な、な、なんという!
とてもロマンチックですね……!
連翹様はもう六十も近かったそうですが、黒檀様と原初の精霊の力で若返り、子を残した——その子孫が竜人族……!
『愛には年齢も種族も時間も関係はない』
きゃー!
黒檀様、素敵です!
ドキドキしてしまいますね!
「うふふ、始祖様がそのように味方してくださるなら、貴族たちも黙り込む他ないでしょうね〜」
「ああ、ぜひそのまま我らに味方くださいませ! 俺はリセ以外の女を妻にするつもりはありません! 側妃など不要! 俺は生涯、リセだけを愛したいのです!」
「っ」
藍子殿下、なんてことを城の玄関ホールで叫ぶのですかっ!
ああ、城の皆さんの視線が痛いです!
「さ、そうと決まればサクッと会議室へ行きましょう。他の有力貴族たちも集まっている頃よ〜」
というわけで、陛下とともに有力貴族の皆様たちにもご挨拶があります。
陛下のご意見としては「息子が膝を折った相手ならば」とのことだそうで……。
竜人の皆様本当に感性が謎です……!
「……そういえば母上、リセの格好はいつもの格好でいいのか? 父上に会うのに、普段着すぎるのでは……」
「っ!」
そ、そういえば。
ドキッとして顔をお妃様に向けると、非常にいい笑顔が向けられました。
「「…………」」
私も藍子殿下も、なにか察しましたので黙ります。
「お待たせいたしました」
城の三階。
東側の大きな部屋に通されました。
そこは段差のある部屋で、私たちが出た場所は一番上の段の畳の上。
ヒュッと喉が鳴ります。
一段一段下がっていくそこには、左右三人ずつ正装の竜人男性が正座して頭を下げていました。
全部で十八人。
そして、お妃様が隣に座ったのは立派な着物を纏った
黒い髪と藍色の瞳が、私を射抜きました。
「父だ」
短く藍子殿下がそう紹介してくれたので、慌てて頭を下げます。
しかし、藍子殿下により私は陛下の真後ろを通って反対側へと連れて行かれました。
そこには座布団が二つ。
陛下側に藍子殿下が座り、私がその隣に座りました。
……すでに胃が痛いです。
「面をあげよ」
低い声で陛下が声をかけますと、皆さんの頭が一斉に上がりました。
まるで時代劇でも眺めているようですね。
そして、全員の私への眼差しが痛いです。
こんな敵意向きだしな顔合わせありますか……?
「さて、本日は会議の前に藍善が連れて戻った次期王妃——婚約者を皆に紹介しよう。リセだ」
はわわ。
慌てて皆さんの前に手をついて頭を下げます。
こ、これで合ってます?
合ってますか? 大丈夫ですか?
ああ、そういうルールもないのですね、王妃様にニコッと微笑まれました。
正解がないのも考えものですよ!
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