竜の始祖
王妃様がぐぐっと顔を近づけてきたので、お粥を口に入れるのを失敗してしまいました。
王妃様が近くなった分、私が後ろへ下がりそうになったけれど、藍子殿下の腕はびくともしないです。すごい。
「機密にされていたのだけれど、ここ百年ほど黒檀様は行方不明になっていたのよ〜!」
「え、ええ!?」
黒檀様……って、こちらにいる黒い子竜ですよね?
え、行方不明だったんですか!?
叫ぶと藍子殿下が神妙なお顔で頷く。
「そうなんだ。おかげで父は退位できず、俺も即位が延びていた。まあ、俺の場合は嫁も決まっていない身ではあった故、無理に即位を早める必要がないというかなんというか」
「…………」
藍子殿下、お隣でお妃様がものすごい笑顔で睨んでいます。
目が笑っておりません。一ミリも。
なるほど、先程のお話のアレソレですね?
お仕事をしなかったのを、お妃様はすごく根に持ってらっしゃる感じですね?
それは殿下が悪いと思います。
「まあ、つまりそういうことなの。そのうち話そうとは思っていたんだけど〜、我が国では黒檀様の前で退位と即位を行う決まりなのよ〜! それなのに黒檀様が姿を消してしまって……! わらわも引退できなくてぇ〜!」
「そ、そうだったのですね」
「それなのにまさか、リセ様が見つけてくれるなんて〜! もう〜! もう〜! リセ様は王家の恩人だわ〜! わらわもうリセ様王子妃大歓迎〜! リセ様が人間だからって反対する奴はわらわの権力でぶっ潰しちゃう〜!」
「い、いきなり過激に!? 乱暴はダメです!」
くねくねと全身を左右に揺らしながら、なかなか不穏なことをおっしゃるお妃様。
その隣で「うんうん!」と頷く采様と育多様。
なんとなくご苦労されてきたのはわかりましたが……。
「あ、あのう、竜人族の方の平均寿命はどのくらいなんですか……?」
「? なぜだ?」
「ひゃ、百年ほど行方不明、ということは、なんというか、竜人族の方の寿命は、エルフくらい長いのかな、と」
エルフの平均寿命は千年。
ハイエルフは二千年だと聞きました。
そのためあまり繁殖に興味がなく、夫婦といえど必要な時に必要になれば精霊様が自分たちへ『発情期』を与えてくれる……などいう話があったりなかったり。
さすがにそれはないけれど、お妃様が言うには竜人族の平均寿命は五百年〜七百年ほど。
百年単位……すごい、すごい、とんでもない……。
皆様大変お若そうに見えます。
『リセ、今は食事を摂るのを優先しなさい』
「あ、は、はいっ。……。え! しゃ、喋……!?」
なにかがのしっ、と布団の上に載るので、見れば始祖様……黒檀様。
加えて円歌様にも「そうよ。わたくしの作ったお粥が冷めるでしょうっ」と叱られてしまいました。
慌てて食べると、今度は菜々様に「急いで食べたら詰まりますよ」と嗜められてしまいます。
あうう、難しいですね。
『食べながらでよいが、自己紹介しておくな。余は
え?
そ、そんな理由で……?
本人も「えへへ」という感じですが、かなりのうっかりさんでは……!?
そして気づけば百年すぎていた、とかドラゴンのうっかりは規模が違いますね!
「リセは始祖様を助けてくれた恩人だ」
「そ、そんな、大袈裟です」
「いいえ、やってきてすぐに百年行方不明だった始祖様を見つけたのよ。こんなにすごいことはないわ〜!」
お粥を食べ終わるまで皆さんに褒めちぎられて、居心地が悪く感じてしまいます。
と、とにかく一眠りして回復しましょう。
お盆の上へ空になったお椀を置くと、お妃様が「ようやく引退できるわ〜」と背伸びをしてうきうき菜々様と「退位の儀をいつやる〜?」と話し始めます。
そこはかとなく嫌な予感が、しないでもないような……。
「では、リセ。ゆっくり休め」
「ありがとうございました、藍子殿下」
「また明日来ますわ。今後の生活について、わたくしがあなたの希望を聞いて指南してやれとの、お妃様からの命ですからね」
「円歌は城の執事長なのよ〜。だから城でメイドとして働きたいなら、円歌に相談したらいいと思うの〜。でも、始祖様が見つかったからわらわと陛下は近く退位すると思うわ〜」
「え」
ウキウキ、お妃様はそんなことをおっしゃる。
すると藍子殿下は思い切り眉を寄せ、「母上、リセは体調が悪いから……」と話を終わらせてしまいました。
「それじゃあ、今日もゆっくり寝てね〜!」
「なにかあれば、式神にお申しつけください」
お妃様と菜々様が先に退出する。
嵐のようなお妃様です。
「我々はこのお屋敷の離れの方におりますので、ご用があれば式神にお伝えください」
そう言ったのは甲霞様で、甲霞様の式神が赤。采様の式神が薄い青、育多様の式神が黄色、だそうです。
初めて見る色の子は、お三方の式神だったんですね。
「俺の式神も置いていく。できれば俺の式神を一番使ってほしい」
と、おっしゃる藍子殿下。
藍子殿下の式神は藍色。
そして、円歌様の式神は白、ということですね。
『余がついているのだから、なにも問題はない』
「くっ」
え、黒檀様、私の部屋に居座る感じですか?
二回りほど大きくなった黒檀様、目を細めて私を見上げ、こてんと首を傾げられる。
あざといです……!
でも、可愛い!
でも気持ち、藍子殿下と黒檀様の間にバチバチとした火花が見えるような……?
「ゆっくり休むんだぞ」
「はい」
藍子殿下は始終不安そうな表情をしていたように思います。
私は大丈夫なのに……。
けれど、横になった途端にすごい眠気が襲ってきました。
自分が思っていた以上に、体は限界だったのかもしれません。
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