倒れた私と


 気がついた時には翌日になっており、最初に眠っていたあの部屋に、私の体は戻ってきていました。

 布団に入れられ、布団の周りは式神さんがたくさん。

 白や黒や赤や黄色と、見たことのない色の式神さんまでいますね。

 そして、頭の上に一際大きな黒い式神さん。

 ……んんんん? この大きな式神さんは見覚えがあるような、ないような?

 私はいったいどうなったのでしょうか?


「目が覚めたか!」

「あ……藍子殿下……? あ、あの、私は……」

「熱を出して倒れたのだ。丸一日目を覚さなかったのだぞ」

「え、ええ……?」


 丸一日気絶してたんですか、私!?

 な、なんとー!

 慌てて上半身を起こそうとしたら、藍子殿下に肩を押されてまた布団の上に戻される。


「……、……よかった……」


 私の顔を少しじっと見つめたあと、心から安堵したようにがくりとうなだれた藍子殿下。

 よく見ると目元に薄らとした疲弊の痕跡。

 もしかして、寝てないのでしょうか?


「あ、あの、もしかして、とても心配をしていただいたのでしょう、か?」

「あ、当たり前だろう! リセは俺の妻となる女なのだぞ!」

「ひぇ」


 耳がキーンとなるような声。

 思わず耳を塞いでしまいました。


「……す、すまん。……けれど、その……リセが死んでしまったら、どうしようと。それも、俺が無理をさせてしまったからなのかと……思ったら……! 本当にすまなかった……」

「そ、そんな、殿下のせいではありません。私が、自分が思っていたよりも貧弱だっただけです」

「なにを言う、菜々も言っていたではないか! 俺はそれをまるで理解できていなかった。リセは強いが、リセの肉体は、人間なのだ。……本当にすまない。俺はダメだな……」

「で、殿下……」


 も、ものすごく落ち込まれております……!

 どうしましょう、どうしたらっ?

 あ、そうです!


「あの、殿下……私はこのように貧弱で、殿下の心を折ってしまった……? のは、その、やはり間違いだったのだと思うので……その、やはり結婚相手は私以外の、殿下に相応しい方に——」

「いや、それは間違いない。俺はリセに負けた。心を完全に折られた」

「…………」


 ダメでした。


「大丈夫だ、リセ、ちゃんとわかっている」

「え?」

「君に俺の言い分は——竜人のオスの考え方は、リセには難しいのだろう。いや、理解できないのかもしれない。君が人間だから、体は、竜人とは比べものにならないほど弱いというのも、知っていただけで理解できていなかった。これは俺が愚かだった」

「い、いえ」

「わかっているんだ。君は、とても、弱いんだろう。あの時のアレ…………うっ」

「で、殿下!?」


 急に顔が青ざめて股間を押さえ、畳に上半身を沈める藍子殿下。

 も、もしかしてあの日の金的の痛みを思い出して……!?

 思い出しただけで……!?


「……本当に偶然だったのだと思う……」

「殿下……」


 顔をあげた殿下。

 でも、その顔は脂汗がぶわりと浮かび、顔色も悪いまま。

 そ、それほどまでにあの時の金的は殿下の心に深い傷を……!

 話がなんだか頭に入ってこない顔になってます。


「だ、だとしても、あの時の痛みは……ぐっ!」

「で、殿下、ご無理をなさらないでください……!」

「今思い出しても俺はこんなふうになる……!」

「あ、ハイ。本当にすみませんでした……!」

「ち、違う! ……つまり、間違いなく君の方が俺よりも強いのだ。……体は弱いかもしれないが、君は、王妃として教育を受けたこともないのに、王妃の役割を『仕事』だと思ったのだろう? ……この国に来てすぐ、婚姻を迫った俺にそう答えたのを覚えているか?」

「……は、はい」


「あの時は脅すようなことを言った」と、また反省し始めた殿下ですが、また少し言いづらそうに沈黙。

 でも、すぐに私の顔をまっすぐに見下ろされました。


「やはりリセは、とても強いと思った。一刻の王妃という役割を、正しく理解している。竜人族のオスは戦闘以外能なしで役立たずなのだが……」

「え、そ、そんなこと……」

「リセのあの言葉を聞いて、母上が常に言ってくる——『もっと王太子としての仕事をしろ』という言葉の重みを理解した」

「……あ……」


 竜人族は女性の方が事務能力が高いから、王妃様のお仕事がとてつもなく多い。

 多いから、最近は藍子殿下にもやらせている、と。


「人間であるリセがそう言っているのに、俺はなにもやっていないな、と」

「そ、そんなこともないと思いますが」

「いや……苦手だからとやらなかったのは事実だし、面倒だからと思っていたし、母上がやった方が上手くいくし……」

「…………」

「……とにかく言い訳をして、逃げ回っていた。だがリセを妻に迎えるのなら……俺はこのままではダメだと思う。リセを王妃にするのなら、俺は父とは違う王にならなければならない。今までのようなやり方では……妻に——王妃に仕事を放り投げてばかりの歴代の王と同じでは——……リセが死んでしまうと思う」

「殿下……」


 拳を強く握って、正座した膝の上で震わせている。

 私は、どう答えたらいいのでしょうか。

 殿下はものすごく、ものすごく……私のことを考えてくださっている。


 

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