第3話 どうやら私は恋愛がわかっていなかったらしい

「考えるためにもう一つ材料ほしかったから。今度こそ、おやすみ!」


 それだけ言って、私は部屋に引っ込んでしまった。

 部屋に戻った私は、ドンとベッドに倒れ込む。

 今も、心臓がドキドキして、それでいて、なんだか心地よい気持ち。


「これが、好きって気持ち、なのかな……」


 健斗けんとに好きって言われた時、まずあったのは嬉しい気持ちだった。

 抱きしめられた時も、全然嫌な気持ちじゃなかったし。むしろ、心地よかった。

 それに、頬にキスをしてみた時も。


「思えば、私、とんでもないことしてるかも」


 混乱してたとはいえ、抱きしめて欲しいとか、頬にキスするとか。


「やっぱり、好きなんだ。私は、健斗のこと」


 さっきは「考えさせて」と言ってしまったけど。

 でも、実は抱きしめられた時に結論は出ていた。

 頬にキスは、自分の想いを確認したかっただけ。


「考えさせて、なんて思わせぶりだったかなあ……」


 健斗のことだ。今頃、悶々としているに違いない。

 でも、それまで意識してなかったのに、いきなりOKとか。

 それこそ、なんだか軽い気がして避けたかった。


 うーん、でも、今からでも、OKの返事返した方がいいかな。

 でも、もう遅いし……あ、でも、まだ、20時だし、大丈夫かも。

 健斗の家と私の家は徒歩5分程度。今から伝えに戻っても……。

 でも、やっぱり急過ぎるよね。


 そんな風に悶々としていたところ、コンコン、とノックの音。


「さっき、健斗君と色々話してたみたいだけど?相談なら乗るわよ?」


 お母さんも、気が利くのか利かないのか……。

 でも、聞いてもらうのも悪くないかな。


 というわけで、リビングのソファーにお母さんと隣あって、座る。


「……そんな感じで、健斗から告白されちゃったの」

「やっぱり。少し聞こえてたけど」


 それは、とても恥ずかしい。


唯菜ゆいなはどうしたいの?悪くない気分だったんでしょ?」

「整理してみると、好き、なのかな。でも……」

「何かあるの?」

「考えさせてって言っちゃったから。夜に押しかけるのも悪い気がしちゃうし」


 なんだか、ちょっと前までの私なら想像も出来ないことを話している。


「唯菜も意外なところで尻込みするのね。今から伝えて来たらどう?」

「それもありかなーって迷ってるの」

「行っちゃいなさいよ。健斗君の家とも、長い付き合いだし」


 お母さんは、やけに煽ってくる。


「わかった。今から、健斗の家に行って、伝えてくる」

「そうしなさい。健斗君も喜ぶわよ」

「私が、こんな変な状態になるなんて思ってなかった」

「恋愛なんて、そんなものよ」


 なんとなく悟ったような事を言うお母さん。


「とにかく、ありがと。お母さん」

「明日からは、恋人同士の二人が見られるのね」


 からかい気味のお母さん。でも、それでもいいか。

 どこか開き直った気分で、私は我が家を後にした。


 我が家の近くは閑静な住宅街だ。だから、こんな時間はとても静か。

 恋人、恋人……。明日から、私達、どうなるのかな。

 でも、不思議と不安はなかった。よく知っている相手だからかな。


 そんな事を考えていると、あっという間に健斗の家。

 2階建ての豪華な住宅で、小学校の頃は皆が集まっていた。

 私も、仲良くなる前に、遊びに行ったことがあったっけ。


 インターフォンを押して、ドキドキしながら返事を待つ。


「はい。桂木かつらぎですけど。どちら様ですか?」

「私。唯菜だけど」

「ええと……考えさせて、って言ってなかったか?」

「答え、もう出たから。伝えたくて」

「わかった。今、玄関に出るから」


 ドタドタドタという音が聞こえてくる。

 慌てて降りてきた彼の家のリビングに案内される。


 来客用のソファーに向かい合って、私達は座る。

 妙に、いつもならない緊張感がある。


「で、唯菜。答えが出たって話なんだけど……」


 言いづらそうにしながら、本題を切り出してくれた。


「その。考えさせてって言って、急になんだけど」

「ああ」

「健斗の事が好き。本当は、抱きしめられた時に、わかったんだけど」


 本当に恥ずかしい。


「だからか。いい返事が出来ると思う、みたいなこと言ったのは」

「うん。曖昧な言い方でごめん」

「いや、いいよ。でも、唯菜も俺を好きでいてくれて、嬉しいよ」


 ほっとした後、頬を緩めて、嬉しそうな顔になる健斗。

 なんだか、ちょっと可愛いな、なんて思ってしまう。


「うん。それでね、私も、いつから好きだったのかな、って考えてたんだ」


 今日、告白されて、抱きしめられて、嬉しかったのは、既に好きだったから。

 でも、いつ彼に惹かれたのかな……というのは、自分でも疑問だった。


「たぶんだけど。中学受験の時、なんだと思う」

「ああ、最初、別の志望校ってことになってたしな」

「うん。あの時、最初、凄く寂しかった。中学、別になっちゃうかもって」


 あれが恋なのか、何なのかはもう思い出せない。

 でも、とても寂しくて、一緒の中高に行けるのがわかった時は嬉しかった。


「そっか。唯菜もそう思ってくれてたんだな」

「実は、私も、健斗と同じ志望校にしようか、迷ったんだよ?」


 そもそも、中学受験にはそんなにこだわりがなかったし。


「あー、そういえば、志望校の話になるとキョドってたよな」

「キョドってたって……。その通りだけど」


 一緒に居られる方法はないか考えていたのは、私も同じ。

 違うとしたら、私はなんで一緒に居たいか自覚してなかったことだろうか。


「じゃあ、改めて。唯菜、ずっと好きだった。恋人になって欲しい」


 そんなストレートな言葉をもらって、心が浮き立つのを感じる。


「うん、こちらこそ。これからもよろしくね。健斗!」


 好き同士になれると、こんなに幸せなんだ、と実感してしまう。

 あ、そうだ。恋人同士になれたら、してみたいこと、あったんだ。


「えーと、それで、健斗にお願いがあるんだけど」

「可愛い彼女のお願いなら、いくらでも」


 おどけて言っているけど、ニマニマしてるのが丸わかりだ。


「キス、したい。もっと、好きになれそうだし」

「いいのか?俺も、それは……してみたいけど」

「うん」


 そう言うが否や、向かいのソファーに私も腰掛ける。

 恋人になったばかりだからか、とても恥ずかしい。


 身体をぐいっと引き寄せられて、彼の顔が間近になる。

 キスするってこんな感じなんだ。そうだ。目を閉じないと。

 あわてて目を閉じた私は、ゆっくり唇の感触を味わったのだった。


「うん。やっぱり、もっと好きになって来ちゃった」


 気持ちが暴走しているのを感じるけど、止めないでもいいよね。


「ああ、俺も。小学校の頃は、こんな事するとは思ってなかったぞ」

「それは私もだよ」


 そんな事を言い合った私達は、お互いにクスクスと笑ったのだった。

 明日から、どうなっていくのかな。色々、楽しみ。

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