第2話 恋愛相談のはずが告白になっていた件

「今日ね、男の子に告白されたんだ。どうすればいいと思う?」


 そう、唯菜ゆいなから切り出された。

 彼女は「結論から先に言う」がモットーだ。

 こういう端的な相談をされるのも珍しくない。

 とはいえ、普段なら、恋愛相談をしてくることはない。

 「お断りしたよ。私にはまだ恋愛は早いよ」なんてのが関の山だ。

 それが、判断を求める相談をしてくるなんて、まさか……。


「……ひょっとして、浅田あさだか?雰囲気が変だと思ってたけど」

「うん。浅田君。健斗けんとはこういうところ、鋭いよね」


 同クラで友人として交流があるクラスメートの顔を思い浮かべる。

 温和なでいつも笑顔な奴だが、今日は珍しく緊張した様子だった。


 何かあったのかと思っていたが、まさか唯菜に告白していたとは。

 唯菜が告白されるのは昨日今日に始まったことではないけど、少し複雑な気分だ。


 唯菜は、見知らぬ人の輪に尻込みせずに入っていくような奴だ。

 その上、人懐っこいし、人に親切するのにも躊躇がない。

 「ひょっとして、脈アリでは?」と考える奴が続出するのも無理はない。


「しかし、お前がそこで悩むのは珍しいな」

「うん、私も、普段ならこんなことで悩まないんだけど……」


 瞠目して何かを考える仕草。


「ひょっとして、好きだったのか?浅田が」


 予想外な話だけどありえないことでもない。


「ううん。でも、考えてみたの。もし、もし、だよ?浅田君と付き合ったとして」

「ああ」


 もし、と言われても内心平静ではいられない。

 とはいえ、今はこいつの話を聞くところだろう。


「浅田君と、彼氏彼女として付き合ってるのが想像できないの。今までお断りした時もそうだったけど、私って恋愛向いてないのかな」


 少し凹んだ様子で、抱えている想いをこぼす唯菜。

 なるほど、そういうことだったか。ほっとしたような、残念なような。


「向いてないってことはないだろ」

「そうかな」

「そうだって。お前に釣り合うくらいの男が今までいなかっただけでさ」


 その中には、きっと、俺も含まれているんだろうけど、と内心でつぶやく。


「でも、少し考えちゃうんだよね。ね、健斗は誰か好きな人いないの?」


 うぐぐ。今、一番聞かれたくない質問が飛んできた。

 ここで、「居ない」というのは簡単だ。

 でも、逆にチャンスなんじゃないか?想いを伝える、千載一遇の。


「……答えてもいいんだけど。一つ、約束して欲しい」

「約束?」

「たぶん、お前が凄く驚く娘だと思う。それでも、友人では居て欲しい」


 こんな事を前置きする自分の臆病さに自己嫌悪する。


「うん。約束するよ」


 返事とともに、何かを悟ったのか、急にとても真剣な顔になる。


「先に結論から言うよ。好きなのはお前だよ、唯菜」


 恥ずかしい、というより、とても緊張する。

 でも、かろうじてその言葉を吐き出した。


「……わ、私、なんだ。その、理由、聞いても、いい?」


 先程の前置きで予想出来ていたんだろう。でも、声が震えている。

 そして、頬やおでこも含めて、顔が全体的に赤らんでいるような?


「理由は、自分でも思い出せないけど、きっかけくらいなら」

「うん」


 赤くなりながらも、真剣に話を聞こうとしてくれる気持ちが嬉しい。


「俺ってさ、昔から鍵っ子だったろ。唯菜の家が居場所になってたんだ」


 やたらここに入り浸るようになった頃を思い返す。

 家に帰っても、遅くまで父さん母さんがいないのが寂しかった。

 そこで温かく迎え入れてくれた、唯菜たちに好感を持った。


「そういえば、昔から、家に帰るとき、いっつも寂しそうな顔をしてたよね」

「ま、そういうこと。単純な話だよ。今の中高を選んだのも、お前がいるから」


 もう、ついでだついで。全部ぶちまけてしまおう。


「そうだったんだ。中学受験の話をした時、違う志望校みたいな事言ってたけど」

「同じ志望校とか最初から言ったら、あからさまだろ。そういうこと」


 今の俺たちが通っているのは、共学の中高一貫の進学校。

 元々は、俺の親が中学受験の話を持ち出したのがきっかけ。

 それに触発されたのか、唯菜の家にもその話が回ってきたのだった。

 あの時は、一緒にいられるかどうか冷や冷やしたもんだ。

 結局は、電車で数駅の今の中高に通うことになったのだけど。


「他にも、お前と一緒にいるためにした事は山程あるけど、聞きたいか?」

「刺激が強そうだから、ストップ。でも、まさか、健斗が、私を、なんて……」


 何やら胸に手を当てて、息をスーハースーハーとしている。

 俺の告白は、そこまで刺激を与えるものだったらしい。


「その、返事は期待してないからな。俺を意識してないのは、わかったし」


 少しだけ言い訳がましい事をつい言ってしまう。


「ちょ、ちょっと待って!自己完結しないでよ、健斗!」


 珍しく大きな声で、強く言われる。


「わ、私も、今、凄くドキドキしてて、気持ちがよくわからないの」


 息が荒い状態で、精一杯という様子で言葉が紡がれる。

 俺も余裕がないけど、こいつもそれ以上に必死なんだろう。


「でも、嬉しいのは、ほんとだから」

「そう、なのか?」

「初めて、経験する気持ち。少しだけ待って欲しいの。明日には、返事するから」


 唯菜の奴。顔が赤くなるだけじゃなくて、何やらフラフラしているような。


「告白したのは俺からだからな。そりゃ待つよ」

「それと、たぶん、なんだけど。きっと、いい返事が出来る、と思うから」

「その物言いして、お断りだったら、落ち込むぞ」


 唯菜なりにいっぱいいっぱいなのはわかる。

 でも、俺だって、OKなのかどうかわからない返事をされると心が揺れ動く。


「ご、ごめん。こんな言い方しか出来なくて」

「いや、いいって。考えてくれるだけでも、十分だよ」


 強がりだな、なんて内心自嘲する。


「あと、考える材料にしたいんだけど。抱きしめてもいい?」

「ええ!?」


 いや、言いたいことはわからないでもないけど、俺にだって心の準備がある。

 しかし……。


「わかった。ええと、俺から、抱きしめた方がいいか?」


 凄まじく動揺して声も震えているけど、動揺を噛み殺して、尋ねる。


「うん。そ、その、お願い、します」


 昔から、こういう向き合い方は真面目なんだから。でも、少し嬉しい。


「こ、これで、どうだ?」


 隣に座る唯菜を抱き寄せて、ぎゅっとする。

 正直、心臓がすごい勢いでバクバクする。

 嬉しいのと恥ずかしいのが同居している。


「う、うん。ありがと。なんだかわからないけど、とっても嬉しい」

「そっか。そ、それは良かった」


 本当にほっとした。嫌がられたら、それこそトラウマものだ。


「そろそろ、帰るから。返事は急がないから、じっくり考えといて欲しい」


 立ち上がって、足早に立ち去ろうとする。


「ほんとに、ありがと。今も頭の中がグルグルしてるけど、ちゃんと返事するから」

「ああ、それじゃ、おやすみ」

「う、うん。おやすみなさい」


 そう言って、近づいて来たかと思うと、頬に冷たい感触。


「ちょ、ちょ。お前」

「考えるためにもう一つ材料ほしかったから。今度こそ、おやすみ!」


 こうして、心をかき乱されて、俺は彼女の家を後にしたのだった。

 いや、ほんと、返事、どうなるんだろう。

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