掌編集

鹽夜亮

シャボン玉

「しゃーぼんだーまーとーんだー…」

 ふわふわと、寝癖も直さぬままに彼女はベランダの風に吹かれている。柔らかな猫っ毛が揺れる。

「ぱちんと弾けて、はいおしまい」

 空になった小さなシャボン玉の容器を手放しながら、室外機の上にある煙草に彼女は手を伸ばす。

カチリ…。

 明朝の空気はいまだ冷然と、凛とした雰囲気を纏いながら。春はまだ来ないだろう。

「やーねーまーでとーんだー…」

 冷たい空気を煙越しに吸い込みながら、回っていくニコチンの齎す優しい動悸に彼女は身を委ねる。

「…朝から何やってんですか」

 仕切りの向こう。乾燥した声が聞こえる。隣人も今起きたのだろう。

「んー、暇つぶしと一服」

「一服っていいながら五本くらい吸いますよね、いつも」

「わーこわい。何?ストーカー?」

「横のベランダからずっと煙見えてりゃ嫌でもわかりますよ」

カチ…カチ……………カチ…

「油切れた?ライター、使う?」

「…お借りします」

 仕切りの向こう。顔は見えない。男性にしては華奢な指だけが、顔を出す。百円ライターを手渡して、彼女は煙草の続きを吹かした。

「こわーれーてーきえたー………」…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る