第2話 どいつもこいつも

就業のベルがなるとみんな訓練された兵隊の様な機動力でそそくさと現場からでていく。


「おつかれさまー。」


「お疲れさまでした。」


「姐さん!おつかれさま!あたしは帰るよー!」


京美はおつかれさんと片手をあげて答える。

「さて、私は事務所行くか。」


事務所に行くと既に奥の会議室に部長が座っているのが見えた。


「失礼します。」


「あぁ、武田さんお疲れさま。とりあえず座ってください。」


「はい。」


……手元の書類をパラパラ見ながら部長が難しそうな顔をしてる。


(呼び出しておいて何トロトロしてるんだ早くしてよ、これが若い女子社員なら叱ってるわ…)


思わず眉間の縦ジワが深くなる。


動物で例えるとカバ似の部長がキッと顔を上げると一気に言った。

「率直に言いますと武田さん、パワハラが酷いと報告を受けています。」



「…は?」


「私もベテランであり功労者でもある武田さんにこんな事言いたくないのでとにかく後輩には優しく大事にして下さい。」


徐々に強くなる瞼の痙攣を感じながら出来るだけ冷静に聞く。

「誰が言ってるんですか?それ」


「誰かは言えません…次にパワハラの報告を受けた場合、会社としてそのままにしておく事はできません。とにかく気をつけて下さい。」


事務所のドアを叩きつけるよう閉め


バサバサと物に当たり散らすようにヒョウ柄に着替えた。


20年間現場を支えてきた。


低い待遇のままだったが一生懸命働いてきたつもりだ。

他のパートのように家族の事で休まなかったし病気もしてない。

そもそも教育に耐えられない若い子が悪い。

部長も私の働きを知っていながら若い子に味方するのか。


アクセルを強く踏み、いーちゃんの声量をあげる。

咥えたタバコの端をグリグリと歯で噛み潰した。

瞼の痙攣も止まらないし怒りで震えも止まらない。


何時もより早く玄関のドアに辿りつきガチャガチャと開けリビングに目を向ける。


しかし家は暗く静かった。


「アイツ!!また飲みに行ってるのか!どいつもこいつも…」


「ナーーーーーー」


リビングからマルの声が聞こえ


ポテポテポテと玄関までカフェオレ毛玉が出迎えに来た。


そして、京美の足元を体を擦り付けながらグルグルと回った。


「…毛がついちゃうよ、マル。」


「ナー」


「ゴメン、おやつ忘れてたわ。今から買ってくる。」


マルと会話すると、震えはようやく止まった。


地方都市では数十メートル先のコンビニまででも車で行く。


都会住みには理解できないだろうが


まず、虫が顔面のあらゆる穴という穴に侵入してくるし


歩行者というだけで不審者と決めつけられジロジロと車の中から遠慮なく見られる。

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それが地方都市の歩行者なのだ。


なので通常地方都市では歩く事はない。



しかしこの日の京美は違った。

なんとなく夜風に当たりながら歩きたくなったのだ。


「ヒョウ柄着てるしどうぞ勝手に見物してくださいよ。」


マルのお気に入りのおやつ、それと自分用のレモンサワーを一本購入し店を出た。


プシュ!


帰る途中ではあったがなんだか我慢できずにサワーを飲みながら歩く事にした。


今日のデキゴトが何度も頭の中で繰り返されて飲まずにはいられない。


「パワハラ?私が嫌ならハッキリ言えよ!グジグジしやがって」


そもそも会社内の人間に嫌われてるとは思えない。


嫌われる理由が思い当たらない。

みんな笑顔で話しかけてくるし


辞めた村田ちゃんだって、叱る事もしたが普通に会話もしていた。


休憩中にWnowとか言う若い人に流行ってる顔を面白くさせたりするアプリを教えてくれたりしてたし…。


「とにかくハッキリ言えよ言わなきゃ私は解んないんだよ。」


見上げると満月、月の光で怒りが薄まるように感じる。


「ああ。そうだ別にどうでもいいか、いつ目覚めなくなってもいいんだし…。」



その時


眼の前が月の光より眩しくなったと思った。


キキーー!というけたたましい音と同時に身体に衝撃が走り宙に浮いた。


「大丈夫ですか!?」


車から出て来た男性が慌てて周りをキョロキョロと見回しながら声をかける。



しかし其処には京美の姿はなく


カランカランとレモンサワーの缶だけが転がっていた。

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