幼馴染に全力でチョコを貰いにきてみた

月之影心

幼馴染にチョコを貰いにきてみた

 読書中の美少女の前に座っている男子の名前は稲葉智樹いなばともき

 普通の高校2年生。


 そして智樹の目の前で読書中の美少女は国枝里香くにえだりか

 智樹の隣の家に住む同級生で生まれた時から付き合いのある智樹の幼馴染。




 「どうぞ。」


 里香は読んでいる本から目も話さずに、炬燵の上に置かれたお盆の中にあったキットカットを手に取って智樹に渡した。


 「ちっがぁう!」

 「何よ?チョコレート欲しいって言ったからあげたのに。」

 「そうじゃなくて!」


 里香が本をずらして炬燵の向こう側に座っている智樹の顔をめんどくさそうに見た。


 「まさか『キットカットはチョコレートじゃない』とか言うんじゃないでしょうね?」

 「いや、チョコレートには違わないけどそうじゃないんだ。」


 『はぁ~』と溜息を吐いた里香は、読んでいた本に栞を挟んで炬燵の上に置いた。


 「何わけの分からない事言ってんの?」

 「わけ分からない事してんのは里香の方だぞ。」

 「チョコレート欲しいって言われたから渡してあげたのにそれのどこがわけ分からない事なのよ?」


 座椅子にもたれていた里香が体を起こして智樹の方へ顔を近付ける。


 「そもそも、ここは私の部屋。何で呼んでもない智樹がここに居て炬燵に足突っ込んでチョコレートくれとか言ってんの。そっちの方がわけ分からないわよ。」


 智樹が里香に向ってにこっと笑顔を見せた。


 「とか言いながら追い出さないところが僕と里香の仲の良さだよな。」

 「今更?昔からずっとこんなだから慣れただけでしょ。」

 「そういうツンデレなとこも好きだぞ。」

 「はいはい私も好きよ。って今の会話にデレたとこあった?」


 どちらからと言うわけでもなく、何となく『好きだ』と言われれば『好きよ』と返し、『好きよ』と言われれば『好きだ』と返しているうちに、気が付けば挨拶みたいになっていた感じで、特に恋愛感情が籠っている言い方では無い。


 「それはともかく、今日は里香にチョコレートを貰いに来たんだから、貰えるまで帰らないぞ。」

 「だからそのキットカットあげたでしょ?何が不服なの?」


 智樹は炬燵の上に転がしたキットカットを指で摘んで顔の前でぷらぷらさせる。


 「不服なんてもんじゃない。里香の僕への愛がこれに等しいと知って満足出来るわけがないだろう。」

 「はい?」


 きょとんとした顔で里香が智樹の顔を見て固まる。

 智樹は冗談を言う時の顔ではなく、真面目に真剣に、漫画なら顔の横に『キリッ』とかの音にならない擬音が付いていそうな顔だ。


 だからと言って智樹の意図が分かる筈もない。


 「えっと…智樹が何言ってんのか分からないんだけど…」

 「これだけ言って分からないとか、ツンデレにも程があるぞ。」

 「だからどこにデレがあったのよ?ついでにツンも無くない?」

 「いいか里香…」


 智樹は崩していた足をごそごそしながら座り直し、真剣な面持ちで里香を正面から見た。


 「僕が言った中には二つのキーワードがある。一つは『チョコレート』でもう一つは『愛』だ。そして三つ目は『2月』。」

 「キーワード増えたよ。てか三つ目一言も言ってないし。」

 「いいから。」

 「それで?」

 「この三つのキーワードを聞けば何の事なのか分かるだろう?」


 里香とて今をときめく女子高生だ。

 それだけ聞けば何の事か分からない筈がない。


 「バレンタインじゃないの?」

 「そう!正解!バレンタインだよ!」


 智樹が満面の笑顔で両手を出す。


 「だからチョコレートをください。」


 再び『はぁ…』と大きな溜息を吐いた里香は炬燵から出て立ち上がると、智樹に『待て』と飼い犬にするように手で押さえ付けるジェスチャーをして階下へ降りていった。


 3分程で里香が階段をトントンと上がって来た。




 「はい。」


 里香は欠片を搔き集めたようなチョコレートの入った味気も飾り気も無いビニールの袋を智樹に渡した。

 智樹は何だか残念そうな表情でビニール袋を掲げた。


 「何これ?」

 「何って…それがハンバーグにでも見えるなら眼科に行った方がいいわよ。」

 「何でハンバーグ?」

 「今晩の献立、ハンバーグにしようってさっき思い付いたから。」

 「食べに来ていい?」

 「いいわよ。」

 「里香の作るハンバーグ旨いからなぁ。」

 「ありがと。」


 ニコニコしながら手に持った袋をがしゃがしゃ振る智樹。


 「じゃぁなぁくぅてぇ!」

 「もう!何なのようるさいわね!お望み通りにチョコレートあげたじゃないの!ハンバーグは晩御飯よ!」

 「そうじゃないだろぉ!バレンタインだよ?バ・レ・ン・タ・イ・ン!!恋人たちの一大ページェントだよ!」

 「何でバレンタインを外で迎えるのよ。寒いでしょ。」


 里香は頭をがっくりと落とし、額に指を当てた後、ゆっくり智樹の顔を見た。


 「ねぇ智樹。」

 「何だ?」

 「中学1年の時『手作りのチョコが欲しい』って言ったの誰だったかしら?」

 「僕に決まってるじゃないか。他に誰か居るのか?」

 「いないわよ。」

 「よかった。里香が僕以外に手作りチョコをあげるなんて考えたくないからな。」


 里香がまた溜息を吐く。


 「誰もあげないなんて言ってないでしょ?」

 「じゃあください!」

 「まだ作ってないわよ。智樹が手に持ってるのが材料。」


 智樹ががしゃがしゃ振っていた袋を掲げて中身を凝視している。


 「もうちょっとこう…去年みたいなハートの形とか…」

 「だから材料って言ってるじゃないの!そのままの形のは手作りじゃなく『既製品』って言うのよ!」


 里香はくらくらする頭を何とか手で支える。


 「いいから一旦それ返して。」


 智樹が手に持った袋を里香に渡す。


 「今から作るんだな?間に合うのか?」

 「何がよ?」

 「だってもうそろそろ晩飯作る時間だろ?ハンバーグ作ってチョコも作ってって時間足らなくないか?」

 「あぁ…分かった。」

 「何が?」


 里香は何かに気付いたように手のひらに拳をぽんと置いた。


 「あのさ智樹。」

 「どうした?」


 里香が壁のカレンダーを外して智樹の目の前に2月の日程を見せて言った。
















 「今日、2月13日ね。」


 目を白黒させる智樹を部屋に置いて、里香は鼻歌混じりに足取りも軽くキッチンへと向かった。

 今日のハンバーグの隠し味を考えながら。

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幼馴染に全力でチョコを貰いにきてみた 月之影心 @tsuki_kage_32

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