第2章
第5話 夏生の夏の終わり
夏休みも終わりに近づき、夏生(なつき)は家族に会うために帰省していた。
夕食を食べ、お風呂に入った夏生は、実家の自室にあるベッドに寝転がっていた。右手にはスマホを持ち、写真を見ていた。
写真を見終え、右手からスマホを放って仰向けになる。夏生は天井を眺めた。
どうして、実家という場所はこんなにも落ち着けるのだろうか。
もう来週には一人暮らしが再開する。実家では、夏生は家事も勉強もせずに自室でだらだらしていた。
横に放り出したスマホが鳴った。もう一度画面を見ると、また4人のSNSグループに写真が送られていた。海での写真だ。
夏生は映し出された4人の写真を眺める。みんな楽しそうだ。
大学生になるまでずっと実家で生活していた夏生は、大学生になって初めて一人暮らしを始めた。そして、友達とこんなにも楽しい夏休みを過ごすことが出来た。
夏生は、自分が大学生活を満喫していると、たまに考えてしまう。
――妹と一緒に大学生になれていたらなあ。
夏生は今日も病院にお見舞いに行っていた。帰省中はできるだけ妹の千映(ちえ)の元を訪れるようにしていた。
明日は千映の退院予定日だ。ついに待ち望んでいた退院だ。
明日は帰る前に病院に迎えに行こう。そう思いながら、夏生はそのままベッドの上で眠った。
翌日、母と病院に来た夏生は千映の病室へ向かった。ドアの前に立つと、中から話し声が聞こえる。夏生はドアを開けて病室に入った。
「あっお姉ちゃん! また来たの?」
「帰る前に寄っておこうと思って」
千映はこちらを見ると手を振った。千映の横にいた看護師さんが夏生たちの方を向き、失礼しますと病室から立ち去る。千映と話してくれていたようだ。
夏生たちはベッドの横の椅子に座る。千映が夏生に言う。
「お姉ちゃん。大学生活はどう?」
「うん。楽しいよ」
「そっかー。私もやっと退院だよ~」
その言葉を聞いて、少し、胸が痛くなる。
「そうだね。はやく元気になりなよ?いっぱい楽しいことあるんだから」
「夏休みはどんなことしたの?」
「みんなで海行ったりとかー、写真見る?」
見たい、と千映がスマホの写真を見る。千映はじっと4人が写る写真を見ている。
「お姉ちゃん。この人たちは友達?」
唐突に聞かれた夏生は、
「そうだよ。大学で知り合ったの」
そう答えた。千映はずるいずるいと頬を膨らませて夏生を見た。
「いいもん。私も退院して早く大学生活を謳歌するもん」
「そうね、がんばってね。お姉ちゃんも応援してるから」
がんばれ、としか言えなかった。夏生にはどんな言葉をかけるべきか分からなかった。
しかし、千映は今から退院である。先ほどからそわそわした様子の千映を見ると、本当に待ち望んでいた退院のようだ。
看護師と医師が、病室の入り口側にいた母に軽く一礼して入ってくる。
「あっ、退院の時間だ! やったー!」
お疲れ様、と千映に看護師が言う。退院の準備が始まるようだ。
「じゃあ私はもう行くね」
「うんありがとー! またね」
千映からスマホを受け取ると、夏生は立ち上がった。千映は夏生に笑顔で手を振った。夏生も振り返した。
じゃあね、と言って夏生はこの場を後にした。
大学生になって初めての夏が終わる。病院の外は、もう薄暗かった。
夏生は駅に向かって歩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます