☆最終話

「アイアネッタ騎士団長様ー!!!」

「救国の英雄“鉄拳令嬢”様ー!!!」


 クラウディオとの決戦からしばらくの時が過ぎた。

 私は〈ディアブドラグ〉を倒し、王都で暴れていた〈八岐大蛇〉の赤い心臓を破壊した。すると奴は元の泥へと帰り、王都中を埋め尽くしていたや化け物共も同様に消え去った。


 セシリーの話によると、その直後オシルコも立ち去ったらしい。女神のお使いは果たしたってことか。


 ところで今何をしているかって?

 戦勝パレードさ!


「お姉様、民たちが手を振っていますわ!」

「ああアンナ、たっぷり答えてやりな」


 私が殴り飛ばしたクラウディオは命に別状なく、無事に捕虜となった。西方侵攻軍の壊滅と皇位継承者の捕縛により帝国の態度は軟化。その後の事務型の交渉により、一応の終戦と相成った。


 スタントン西方王国は侵略者を追い払ったわけだ。つまり、私たちの勝利だ。

 というわけで、〈八岐大蛇〉に破壊された王都の復興記念と合わせた戦勝パレードを執り行っている。


 勝利の立役者である我が特務騎士団ジョーカーも、当然全員参加。馬車に乗って歓声を上げる民に手を振る。うちは山賊じゃなくて騎士団だからね。


「姉御! みんなが姉御の勝利を称えてやすぜ!」

「姐さんの武勇は王国一! いえ、大陸一ですよ!」


 チンピラ崩れのジャンとカルロも、ばっちり生き残っていやがった。こいつらなりにクソ根性を見せつけて頑張ったってこった。もっとも、やられる寸前だったみたいだけれど。


「私だけを称えてんじゃないよ。あんたらもさ。私たち一人一人が、今では救国の英雄ってことさ」

「ううっ……、姉御……!」

「姐さん、俺達一生ついて行きやす!」


 目に涙を浮かべながら、感極まって抱き着いてくる二人。見た目はチンピラ崩れの山賊同然だけど、可愛いところもあるじゃないの。


「いやあ姉御はほんと素晴らしい! 生ける伝説!」

「そうだねジャン! 姐さんは歴史に名を刻んだよ!」

「特にこのたわわな乳――パンダッ!?」

「特にこのご立派な尻――コアラッ!?」


 すっと伸びてきた二人の手を掴んで、素早く一発ずつ顔面に叩き込む。だからそこまでは許してないって。反省しな。


「お姉様お姉様! 私も私も!」

「ええ……うーん……、あ! アンナ、あれ見な!」

「あれは!?“祝!頑張れアンナちゃんBYバイアンドゥハー商会”……? お父様ったら、今度は戦争で活躍した私を利用しようと? あんなクソダサ垂れ幕なんてある意味スリルですわ! 興奮します!」


 親父さんとの関係も改善したりしなかったりっぽいな。あー、アンナが楽しいならそれで良いと思うよ……。



 ☆☆☆☆☆



 パレードの後は祝勝会の後は当然祝勝会だ。女王陛下がいくつか挨拶をした後は、飲めや食えやの大騒ぎ。


「ガッハッハッハ! まさかあの嬢ちゃんがここまでの女になるとはなあ!」

「あんたは出会った時から変わらないねグレゴリー」

「停戦でしばらく任務も減るが、どうするんだ? 俺みたいに闘技場に出るか?」

「それもいいかもね。もし当たったら真剣勝負だよ!」

「おうさ、望むところよ!」


 相変わらず豪快なマッチョだ。しかし戦いの要望が多いな。トーレスの野郎にも「次こそ遅れはとらん」。ガードナーのおっさんには「一度手合わせして見たいものだな」と言われた。


 まあ私だって望むところだ。いくらでも戦ってやろうじゃないのよ!


「イザベル!」

「ん? どうしたローレンス?」


 慌てたように走って来たローレンスが、私の後ろに隠れる。何から逃げてんだ?


「こおら! ローレンス!」

「あ、カリナ!」

「やあイザベル。楽しんでいるかい? ところでローレンスを……って私の義妹いもうとにひっつくな!」


 次いで走ってきたのは抜き身の剣を手にしたカリナだ。

 いや、義妹じゃないんだが。


「何があったんだカリナ?」

「そこの男がケーキと偽って……、でもそれはスポンジの代わりに大量のこ……、こんにゃくで……! 許してはおけん!」

「それはローレンスが悪い……」


 まったく、この自称……いや、魔導鎧に関しては天才のこの男ときたら……。


「ほらローレンス、謝りな――あ! 兄ちゃん!」

「やあイザベル。それに我が友ローレンスに、我が友カリナ。相変わらず君たちは仲が良いね」

「「仲良くない!」」


 ローレンスは私から離れて、カリナとグルルと狼の様にけん制しあっている。なんとか止めようとしているカリナの副官。噛まれるなよ?


「来てたんだ!」

「ああ、俺も参戦したからと招待を受けたんだよ。それと父上と母上から伝言。たまには元気な顔を見せてくれってさ」

「わかった!」


 そんな感じで、楽しい宴会の夜は過ぎて行った。



 ☆☆☆☆☆



「こんにちは! 王都赤馬新聞の、DDディーディー・エプラーです。ちょっとよろしいですか?」

「あの、お嬢様への取材は騎士団の方を通して下さい」


 数日後、セシリーを連れて王都の街を歩いていると、記者が話しかけてきた。


「いや、いいんだセシリー。えーっと、エプラーだっけか? 少しならいいぞ」

「ありがとうございます。では、単刀直入に。アイアネッタ騎士団長は、この戦いが本当に終わったとお思いですか?」

「それは帝国との停戦が消えるという話か?」

「ええ、そのように捉えて頂いて構いません」


 確かにクラウディオの捕縛で帝国の戦意は減退した。しかし他方に目をやると、帝国は北、東、南と、西方王国以外への侵攻は依然続けている。帝国の領土的野心は明らかだ。


「私は……戦いが続くと思う」

「ほう……」

「でもどんな敵や壁が立ちふさがろうと、必ずこの私はぶち破る!」

「さすがは“鉄拳令嬢”と言うべきでしょうか。期待していますよ」

「ありがとな。おっと、客みたいだ。悪いが取材はここまでな」


 ふと前を見ると、第三王子スチュアートが執事のトリスタンを連れて立っていた。


「イザベル・アイアネッタ。貴女に決闘を申し込みます」



 ☆☆☆☆☆



 王都の演習場。そこに二機の魔導鎧マギアメイルが対峙する。一機は私の〈アイアネリオン〉。銀色に輝く自慢の愛機。そしてもう一機は〈キングオブディアマ〉。王家に伝わる白に金のアクセントが特徴的な機体だ。


「それでは両者、構え!」


 トリスタンの声が演習場に響く。

 先ほどスチュアートに決闘を挑まれた私は、理由を聞かずに受けて立った。魔導鎧での決闘というところは驚いたけど、相手にとって不足はない。


「開始!」


 先手必勝! 私は強化魔法を使って、一気に加速する。


「一撃で決めてやる! 《黄金のゴールデン鉄拳アイアンフィスト》――なにぃ!?」


 金色に輝いた〈アイアネリオン〉の拳は、敵を捉えることはなかった。なぜなら〈キングオブディアマ〉が空に逃げたからだ。そうか。コイツは飛行できたんだったな!


「卑怯だと罵りますか?」

「いいや、戦場に卑怯なんて言葉はねえよ」

「そうですね。僕も挑む以上、持てる力を駆使し、全力でいかせてもらいます!」

「卑怯だのつっぱっただの言ってたやつが変わったな。望むところだ!」

「今度はこちらが! 《大流星撃》!」


 まさしく流星の様に、空から大量の岩が降ってくる。私はそれを蹴り、殴り、粉砕する。


「やりますね! ではこれなら!」

「――くっ!」


 今度は剣を抜いて接近戦をしかけてくる。天地左右前後。飛び回りながらヒットアンドアウェイで斬りつけてくる〈キングオブディアマ〉の攻撃に、私は着実にダメージを負っていく。


「クソッ! 捉えきれねえ!」

「僕は勝ちます。勝たなければならないのです! そろそろ決めますよ! 必殺《流星斬シューティングスター六芒陣ブレードヘキサ》!」


 まさに空に輝く星の様に鮮やかな攻撃だ。〈キングオブディアマ〉は飛び回り、六芒星を描くように斬りつける。陣によって魔力を高められた攻撃が私を襲う。


「ぐわあああッ!?!?」

「お嬢様!」

「だ……、大丈夫だよセシリー。まだ……、私は立てる!」


 凄まじいダメージだ。身体の節々が悲鳴を上げている。

 まったくあのヘタレ王子がここまでやるとは驚きだよ。

 だけど、まだ私は立てる。つまり負けてはいない!


「さすがは“鉄拳令嬢”! さすがはイザベル! だがもう距離をとって止めを刺すだけです! 《大流星撃》!」


 優勢な以上、もうスチュアートは迂闊に近づいて来ない。空を飛べるという絶対優位を利用して、決めにかかる。だがな――。


「――その攻撃を待っていたんだよ!」

「何!?」

「とりゃあああっ!!!」


 私は〈アイアネリオン〉を跳躍させると、振ってくる流星を次々に乗り継いで上空を目指す。これを狙っていた。だから次にこの技を使うのを待っていた!


「《クソ根性八艘飛ガッツはっそうとび》ってね! 間合いに入った!」


 跳躍、跳躍、跳躍。スチュアートの魔法を利用した私は、ついにその拳が〈キングオブディアマ〉に届く位置に躍り出る。


「かくなる上は僕も拳で!」

「その度胸、見違えたよ! だけど私は無敗のチャンピョンだ! 《黄金のゴールデン鉄拳アイアンフィスト》!」


 黄金に輝いた〈アイアネリオン〉の一撃が、〈キングオブディアマ〉に打ち勝った。



 ☆☆☆☆☆



「ほらよ、立ちな」

「……ありがとうございます」


 私は〈アイアネリオン〉から降りると、墜落した〈キングオブディアマ〉に駆け寄り、スチュアートに手を貸す。


「なあ、なんでそんなに勝ちたかったんだ?」


 自分で聞いておいて、野暮な質問だと思った。スチュアートにもスチュアートなりの意地があって、負けたままでは終われないと思ったんだろう。


「意地もあります、プライドもあります。けれどそれ以上に、勝ったら貴女に言うことがあった」

「なんだ? 文句か説教か?」

「いいえ違います。僕は貴女に勝って、再びを申し込もうとしたのです」

「――は?」


 後ろの方で、セシリーがハッと息を呑む音も聞こえる。

 ……え? いや、婚約?


「好きになってしまったんです、貴女の事が! はっきり言って以前の僕は貴女の言う通りでした。男としてもっとも重要な事が抜け落ちていた。けれどあなたに殴られて、僕は変わった。いいえ、変わるべきだと思って努力した。すると気がついたんです。僕が変わるきっかけをくれた貴女が僕にとって大切な人だということに。けれど一度婚約を破棄した身の上。復縁しようと持ち掛けるのは身勝手すぎます……」

「だから……、決闘に勝利して言おうと思ったのか?」

「はい。僕の本気度を――本気で貴女を愛しているということを伝えるために。負けちゃったんですけどね……」


 沈黙が。ドキドキとうるさい自分の心臓の音しか聞こえない沈黙が場を支配した。

 永遠か、あるいは一瞬だったかもしれねえ。

 けれど間違いなく、私の人生でもっともドキドキした沈黙だった。


「……受けてやるよ」

「え? なんのことですか……?」

「だから受けてやるって言ってんだよその婚約! 私も――私の中の私……ああ、もう私はあんたのその言葉が聞けて嬉しい! だから私は婚約を受ける!」

「本当ですか!?」

「女に二言はない! 本当だ! ……ったく、こんなにストレートに心に響いたのは初めてだよ……」


 真っ赤になっているのが自分でもわかる。ノックアウト寸前だ。



 鉄拳令嬢アイアネリオン 最終話


 『私の心にドストレート!!!』



「でしたら早くお婆様に――いえ、女王陛下にご報告しましょう! きっとお喜びになります!」


 そう言えば数日前の祝勝会で『鉄拳王妃? いいや、尻に敷いて鉄拳女王ってのも面白いかもしれないねえ』と、女王様から言われた。


 酒の席の冗談だと思っていたが、こういうことか!

 この世界でも無敗の女王になれってか?


 まあいい。どんな困難な壁や敵が立ちふさがろうと、このこぶしでぶち抜いていくだけ!

 それがこの私、“鉄拳令嬢”イザベル・アイアネッタだからだ!

 私の名前、よく心に刻んどきな!


―――――――――――――――――――――――――――――

後書き

最後まで読んでいただきありがとうございます!イザベル・アイアネッタのお話を楽しんでいただけたのなら幸いです。♡や☆☆☆評価、感想をいただけると、次回作へのモチベがあがるのでお願いします!

→別作「紅蓮の公爵令嬢」内の「異伝」にて、その後にあたるエピソードを掲載しています

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鉄拳令嬢アイアネリオン 青木のう @itoutigou

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