第31話 驚異の催眠魔法

「ダイヤの騎士団全軍、魔導砲撃準備!」

「「「はっ!」」」


 私――ティム・トーレス率いるダイヤの騎士団は、スタントン西方王国随一の戦闘集団である。よく訓練され、完全に統率されたその密度の高い魔導砲撃は、この大陸に比類なき程と称されるくらいだ。


 それを……、それをあの山猿がごときに……!

 ふぅ、私は敬愛する女王陛下のご尊顔を思い出して、煮え渡る腹の底をなんとか抑える。


 私を撃ち破って以降、結成されたあのイザベル・アイアネッタ率いる特務騎士団ジョーカーは、赫奕かくやくたる戦果を挙げている。結果を出している以上、個人的なしがらみで非難するのは大きな愚というものだ。それが王国の為になるのであれば良しとすべきであろう。


 なによりかの騎士団に所属する平民出身者たちの、王国と団長であるイザベルに対する忠義の心は本物だ。仮に疑義の声を挟むのであれば、かのイザベル・アイアネッタの品性は本当に公爵令嬢として生まれ育った人物か疑問に思うというくらいだ。


 口賢しいもの達の噂では、数年前に影武者の類と入れ替わったとされているとまで言われている。まったく、そこまでいくと荒唐無稽こうとうむけいな奇説の類だな。


 今はそんなくだらない噂話に現を抜かす暇ではない。侵略者たる帝国軍を、我らが祖国の大地より追い払わねば。


「ロメディアスの山犬共に、正義の鉄槌を食らわしてやれ! 全軍、攻撃開――なんだ!?」


 今まさに攻撃を命じようとしたその瞬間、轟音と共にこちらの陣地へ魔導砲撃が降ってきた。

 なんだ? どこから攻撃されている?

 偵察からは何も報告がきていないぞ?


「も、申し上げます! 我が騎士団第二分隊の、モンゴメリー卿の部隊がこちらに砲撃している模様!」

「同士討ちだと!? モンゴメリーがか……? すぐにやめさせろ!」


 標的を誤ったか? そんな馬鹿な……!

 モンゴメリーは優秀な男だ。それゆえに私も抜擢している。

 裏切り? それこそあるわけがない。


 我が本陣はまさに巣をつつかれたような大混乱だ。その混乱に拍車をかけるように、降り注ぐ魔導砲撃が激しくなる。


「も、申し上げます! 今度は第三分隊ホルダー卿の部隊もこちらに撃ちかけてきている模様ォ!」

「馬鹿な……!?」


 ほとんど悲鳴に近い側近の報告を受ける。

 なんだ、なにが起こっている……?

 示し合わせて裏切ったというのか? この私を帝国に売る為に?


 いやモンゴメリーもホルダーも、決してそんな愚か者ではないはずだ。間違いなく何かが――何か、尋常ならざる事態が起きている。


「全軍撤退! 全軍撤退せよ! 殿しんがりはこのティム・トーレスと〈シャーク・ザ・ファイア〉が務める!」


 負け戦であるという判断は、早く下さねばならん。

 そして負け戦であるならば、次につながる何かを得なければならん。

 それが将器というものだ。

 たとえ私が死したとしても、我らが西方王国の勝利へと繋げるために!



 ☆☆☆☆☆



「何だって? ダイヤの騎士団が壊滅しただと!?」


 ハートの騎士団団長室へと呼ばれた私――イザベル・アイアネッタは、カリナからそんな信じられないニュースを聞いた。


「それでトーレスの野ろ――トーレス団長は?」

「彼は自ら殿を務め、満身創痍で帰還した。現在治療を受けているよ」

「そうか……。誰にやられた?」


 トーレスはいけ好かない男だが、奴と率いるダイヤの騎士団の実力は本物だ。

 そのトーレスを敗走させた相手。まさかこの前のクラウディオか?


「トーレス卿は自分の部下にやられた」

「自分の部下に……? 同士討ちか? いや裏切り? 造反?」

「そのどれでもあってどれでもない」


 え、じゃあなんなん?

 カリナは良い女だけど、すぐにこうやって煙に巻く喋り方をするぅー。


「殿を務めた彼は、本陣へと撃ちかけてきた第二分隊、及び第三分隊を手ずから制圧した。そうして二人の部下、モンゴメリー卿とホルダー卿を捕縛し連れ帰った」


 カリナは紅茶を片手に静かに喋る。本来であれば、その裏切り者二人に対して怒りを含んで喋るはずだ。きっと何かがある。


「二人を含む造反者の尋問は、私とガードナー団長が担当した。それでわかったことが二つある」

「それはなんだ?」

「まず一つ、魔導砲撃の方向を指示したのは部隊を預かるモンゴメリー卿とホルダー卿の二人で、部下たちは一切関知していなかったこと」


 なるほど。頭が裏切って下っ端は知らされていなかったってわけか。つまり部隊丸ごと裏切ったわけではない。


「次に二つ目。モンゴメリー卿とホルダー卿の二人には、裏切った時の記憶がなかったこと」

「――――!?」

「私とガードナー団長はこれを、何らかの敵性魔法によるものと断定した。詳細はわからないけれど、これは間違いなく敵の計略だよ」


 二人は何らかの方法で操られていた?

 まさか女神の言っていた邪悪な力とかいうやつか……?


「さて、最後にアイアネッタ団長、君を呼びつけた理由だ。このダイヤの騎士団を壊滅に追い込んだ敵への攻撃命令が下った。君と特務騎士団ジョーカーは、明後日に出発。みごと謎の敵を攻略したまえ」

「わかった――わかりました!」

「ははっ、そんなに堅苦しくしなくていいよイザベル。大丈夫。君と部下たちならきっとできるさ」


 一切正体のつかめない、居るかもわからない幽霊退治。

 まったく、ニコニコ笑顔で簡単に言ってくれるね。



 ☆☆☆☆☆



「オシルコ、邪悪な力ってのはなんなのよ?」

「おっ! お嬢様、やっと興味を持ってくれたでござるか!?」


 自室に帰ってすぐ、私はピンクのクマのぬいぐるみの首根っこを掴み質問する。


「そんなわけじゃない。けれど一応聞いておくかと思って」

「良い心がけで候――あっ! 引っ張らないで!?」


 あの女神といい、すぐに調子に乗りやがる。


「お嬢様、魔法には六つの属性があるのはご存じでござるか?」

「えーっと、火、水、地、風、そして光と闇だったか?」


 私が得意なのは光属性だ。そのうちの強化魔法特化。


「その通りで候。しかし邪悪な力、邪悪な魔法とは、その六属性に当てはまらないのでござる」

「へー、闇属性って話じゃないのね?」

「そうでござるよ。闇属性イコール邪悪な魔法ではないでござる」


 確かに闇属性の魔法使いはちょくちょく見たことがある。

 なんか相手を妨害したりするのが得意な陰気な属性だ。


「世界のことわりを崩す力、生命の循環を崩す魔法、そういった恐ろしい存在が邪悪な魔法で候。だから拙者たちは――」


 くどくどと話し始めたオシルコをとりあえずスルーする。別にそこまで知るつもりはない。


「あ、そう言えば他人を操る魔法ってあんた知っている?」

「――ゆえに世界の……。生物操作の魔法? それだったら古い闇属性の魔法にそんなものがあるでござる。いわゆる洗脳、催眠で候。もし使い手がいて、その上邪悪な魔法で強化されたら厄介でござる」


 答え出てんじゃん。つまりはその厄介な相手と戦えってことね。


「じゃあ端的に聞くわ。もしその敵がいたら、どうしたら倒せる?」

「まあ術者を戦闘不能にすれば、魔法は解けるでござるが……」


 つまり殴ればいいと。なんだ簡単じゃないの。待っていなさい謎の襲撃者。すぐにこの私が殴り飛ばしてやるわ!


「お、お嬢様……、顔が怖いでござるよ……」

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