第22話 風雲オーケー狭間

「はいお姉様、スープです」

「ああ、ありがとうアンナ」

「それにしてもいいんですか? 敵勢力圏のど真ん中でお食事なんて……」

「いいんだよ。腹が減っては戦はできぬってよく言うだろ?」


 マッサーナ率いる輜重部隊を撃破した私たちは、一応の安全地帯を確保。図らずとも手に入った豊富な食材を利用して、食事をとっている。


 野菜が沢山入ったスープが実においしい。身体が温まる。でもピーマンだけは勘弁な。胃袋が爆発しそうで怖いわ。


「そう言えば姉御は、俺たちと同じ飯を食いますよね?」

「そりゃそうでしょ。他に何かあんの?」

「いやあ、普通高位のお貴族様指揮官と言えば、専属のコックの一人でも同伴させるもんでさあ。下々と同じ飯が食えるかってね」


 そういう奴もいるのかもなあ。というか間違いなく元々のイザベルは言うと思う。


「コックよりも即戦力の魔法使いが欲しいわよ」

「ははっ、違えねえや」


 同じ釜の飯を食うってやつか。チンピラ崩れみたいな連中だし、殴ってみせて実力と暴力で従わせた方がいいと思っていたけれど、案外繊細なハートの持ち主らしい。ま、そっちの方が人として気持ちいのは間違いないよな。


「姉御、偵察が戻りやした。どうやら味方の本軍は苦戦してるみたいでさあ」


 ――苦戦?

 今回西方王国は防衛部隊として、四大騎士団のうちスペードの騎士団と私たちハートの騎士団が参戦している。ハートの騎士団団長のカリナは元より、スペードの騎士団団長も無能ではない。私に戦略はわからないけれど、有能な指揮官だと思う。それが苦戦している。


 私たちは遭遇戦で上手く勝ちをおさめたけれど、ロメディアス中央帝国ってのはそれほど強力な組織力のある国家なのは間違いない。じゃないと大陸中央四方は敵で、何年も覇権国家名乗ってないってね。


「どうしやす? 本軍の救援に行きやすか?」

「いや、私たちの任務はかく乱だよ。輜重部隊の一つも潰して敵陣に乱れが起きつつあるはず。カルロ、〈アイアネリオン〉の状況は?」

「動かせます。でもあと一戦ってとこです!」


 それ以上は戻って本格的な整備をしないといけないか。


「わかった。じゃあ私たちは、あと一部隊見つけてぶん殴って引き上げる。飯を食い終わったら準備しな!」

「「「へいっ!」」」

「わかりましたわ!」



 ☆☆☆☆☆



「姉御、なんか煙が上がっていやすぜ」

「ああ、……もしかして煮炊きか?」


 出発して早々、なにやら煮炊きのような煙を発見。

 まあ私たちも飯を食ったし、敵さんも飯を食うか。


「なあアンナ、あれどう思う?」

「そうですわねえ……。上がっている本数からしてかなりの大部隊。それになんか煙の上がり方がまばらですから、それぞれが勝手に食事をとっているような……?」

「統率がとれていない?」

「ええ、もっと言えば我先に食事をとっているのかと。もしかしたら私たちが輜重部隊を潰した噂が敵陣に広まったのかもしれません。人間飢える可能性があれば、食糧を温存するよりも何故か我先に消費しようとしてしまいますわ」


 アンナは商人の娘だ。人と物の動きについてよくわかっている。簡単に言えば、大皿につまれた限りある料理を我先に食べるようなものか。そりゃ取り合いだ。


「じゃああいつらに仕掛けるか。数は多いがは投げられた、だ」

「姉御、どういう意味なんですかい?」


 と、疑問の声を上げる部隊の野郎ども。


「確か物事はすでに始まっているって意味だ」

「じゃあサイってのは?」

「サイ……、サイって言ったら動物だ。デカい四足歩行で角がある。それを投げたって意味だろう」


 それ以外のサイがあろうか、いやない。


「すげえええ―――!!! それって誰の事なんですかい?」

「えーっと……、たぶん織田ノブノブだ。あいつはやる男だよ」

「ノブノブすげえええ―――!!! さすがは姉御が認めた男だ!」


 うん。本当は誰が言ったか知らねえけれど、士気は上がったし良し。ありがとうノブノブ!


「それじゃあ行くぞ。私は〈アイアネリオン〉で行く。歩兵部隊はジャンが良い感じに指揮しろ」

「わかりやした姉御!」

「無理はするなよ。いい感じに混乱させたら引くよ」



 ☆☆☆☆☆



「《光子拳》オラああああああっ!」


 私は並んでいる魔導鎧〈ヒガンテ〉を、まだ操縦者が乗る前になぎ倒していく。戦場に正々堂々とかあるわけがない。楽に片づけられるならそれでよし!


 悪知恵の回るジャンが提案した、嘘情報を叫びながらかく乱する作戦が功を奏しているみたいだ。三々五々に飯を食っていた帝国兵は慌てて迎撃態勢を整えようとするけれど、情報が錯綜さくそうしていて手間取っている。


「もう一発!」


 起動に成功した〈ヒガンテ〉でも、私には通用しない。〈アイアネリオン〉の運動性能を活かして飛んだり跳ねたりする私を敵は捉えられない。なにせ足元には、混乱して逃げ惑う帝国兵がわんさかいる。並の魔導鎧の性能じゃこの場で身動きすらできない。


『姉御!』

「おおジャンか。お前の作戦、成功したみたいだな!」


 風の魔力を活かした通信だ。このくらいだったらジャンたちの魔力量でも近けりゃできる。


『ありがとうございやす! それよりちょっと足元を見てください。こいつらのつけている装備、上等ですぜ!』


 私はいったん着地して、落ちている鎧をいくつか掴んで見てみる。

 確かに上等なやつが混じっている。細工なんかもしてあって、金がかかってそうだ。


「追い剥ぎなら後にしときな。荷物が邪魔になるよ」

『そうじゃありやせん。こいつらもしかしたら本陣直属の護衛部隊ですぜ。敵の大将ベラスケスがいるかもしれやせん!』


 そうか。私たちは敵の勢力圏に侵入していって、敵の本体はこっちの本体を押していたから、上手い具合に回り込めたってことか?


 じゃあそのベラスケスって大将をどうにかできれば、敵は一気に瓦解。一発逆転で私たちの勝利だ。なるほど、これが私のオーケー川……いや、オーケー狭間はざまだったか?


「そのベラスケスってのはどんなんだ?」

『えらく横に長い髭をしたオヤジです』


 髭? 髭、髭、髭……。

 こんな大人数の中からわかるか!?


『なに、マーカスがやられた!? 出血は? 落ちてた鍋に足突っ込んでこけて気絶した? かついで後ろに下がっとけ。ついでに退路の確保だ。ああ、すみません姉御。アンナが言うには黒地に剣を持ったワシが大将の紋章らしいんですが……。ベラスケスの性格を考えると、撤退する時も掲げると』

「へぇー、あれみたいなのか?」


 私が〈アイアネリオン〉で指を指した先、こんな状況でも二人して掲げられている黒地に剣を持った鷲の紋章。そしてその奥に見える、護衛されたえらく横に長い髭をしたオヤジ。


『あーそうそう、あんなんですよ姉御――って、あれですよ! ベラスケス!』


 マジか! 私はすぐに〈アイアネリオン〉で向かう。全長十メートルだから一歩がデカい。すぐに追い付いた。


「生身の魔法が魔導鎧に効くかよ!」


 護衛のやつらが魔法を撃ちかけてくるけれど、この程度効くわけがない。かまわずぐっと手を伸ばして、髭オヤジのベラスケスを掴む。


「何をする! 放せ!」

「誰が放すかよ。敵将ベラスケス、イザベル・アイアネッタが捕えたりー!」

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